肆朝之患

「──ところで、マスターちゃん」

 声のトーンを上げて、斎藤は工房の中をぐるりと見渡しながら問う。

「ここってマスターちゃんのお家? 色々置いてあるけど」

 一度身体を仰け反らせ、振り子のように勢いをつけてから立ち上がった斎藤は、召喚陣の側にある棚を眺める。魔術的な何かが置かれているものと思いきや、棚に収められているのは漫画やCDだった。それからプラモデルがいくつか。

「ここは僕の工房です。家は別にあります。……そろそろ帰らないとだな」
「工房ねぇ……あ、お菓子発見。マスターちゃんの隠れ家って感じに見えるなぁ、僕には」
「あながち間違いでもないかもしれないですね」

 千尋は結局使われることのなかった聖遺物を鞄に放り込み、出入口の扉に手をかける。

「両親に英霊召喚に成功したことを伝えないといけないので、僕は帰ります。また明日、夕方に顔を出すから、セイバーはここで待機を」
「不用心が過ぎるでしょ、マスターちゃん。戦争開始前に他のサーヴァントや魔術師に殺される可能性とか、考えてないワケ?」
「え? あぁ……いや……、両親には結果だけを伝えたいというか。セイバーの姿を見られたくない、というか……」

 触媒を用いて、目当てのサーヴァントを引き当てることができなかったとなれば、一体何を言われることか。
 セイバーが『斎藤一』であると知られれば、聖杯戦争への参加権を簒奪されるかもしれない。それだけは絶対に避けなければならないことだ。

 気まずそうに視線を下げる千尋。斎藤はそんな千尋を励ますように、軽く肩を叩く。

「そういう事なら、僕は霊体化して着いて行くよ。マスターちゃんの傍を離れるのは心配だし、要は姿さえ見られなければいいんだろ?」

 そう言って斎藤は霊体化し、姿を消す。先程までは生きた人間のように実体があったのに、幻のように消えて見せた斎藤に、千尋は目を丸くして「便利だ」と呟いた。サーヴァントの現界を維持する為に消費する魔力も、先程より少なくなっているようだ。

 千尋は工房を出て、人避けの結界が機能していることを確認し、帰路につく。

『マスターちゃん、隠れ家の扉の鍵。閉め忘れてない?』
「うわっ、セイバー!? なんか、頭に声が響く……」
『そうそう。これ、念話って言って、パスを通じてお話してるんだけど。いや、それより鍵、鍵』
「パスが繋がる距離なら、そういうのもアリなのか……便利だ」

 サーヴァントは事前に聖杯からそういう基礎的な知識を与えられて羨ましい。自分も事前知識を十全に持った上で臨みたかった。
 千尋は悔しさに少し口を尖らせる。

「僕が工房にしてる建物は、元々僕の物じゃないので鍵は無いです。人避けの魔術をかけてあるので泥棒の心配は必要ないかと」
『へぇー、魔術ってのは便利ねぇ』
「僕より力量が上の魔術師なら、結界は破れるだろうけど……あの場所、別に魔術的な物は大した物置いてないし」
『工房って言うのやめたら?』
「使えるとしたらあの召喚陣くらいかなぁ……」

 やがて道の先に立派な日本家屋が見えてくる。斎藤は『あの家がマスターちゃんの家?』と驚いたような声色で問いかけた。千尋は僅かばかりに歩幅を狭めると、首肯する。

「斎条はセイバーが生まれるずっと前から、魔術師の家系として続いてるそうなので……資産なんかも、多分それなりに」

 千尋は口を噤み、大きな門を潜る。
 家に入ると、足音を立てないようにしながら長い廊下を歩き、両親にサーヴァントの召喚に成功した事のみを告げ、聖遺物を父に返却した。
 魔力を温存する為に霊体化させているのだと先に伝えれば、両親がサーヴァントの姿を確認させろとを命じることもない。……両親が何より望んでいるのは、千尋が聖杯を手に入れ、根源へ辿り着く為の道筋を拓くことなのだから。

 自室へ入ってすぐ、大きな溜息をつく千尋。そのままベッドに腰を下ろし、ただひと言「疲れた」と溢す。

 ──そんな千尋の姿に、斎藤は疑問を抱いた。

(これは、なんだ?)

 千尋は歳の割に、どこか浮かべる表情は硬い。とはいえ、大人びているのだと言ってしまえる程度のものであると斉藤は思ったし、サーヴァントを召喚したことで緊張しているのだとも思えた。

 だが、さっきの千尋はどうだ。石膏で塗り固めたような、作られた表情。状況・相手に合わせてチューニングされたそれは、能面よりも余程温度がない。笑っているはずなのに。

 何故──斎藤の中で疑問は尽きなかった。
 聖杯戦争なんてものがなければ、命のやり取りに身を投じることもなく、平穏に生き続けられるはずの時代で、どうしてそこまで個≠ニいうものを殺せるのか。

(……実の親を相手にする顔じゃないだろ。敬意とか礼節なんてモンじゃない、あれは……)

 千尋は着の身着のままベッドに寝転がる。斎藤はそんな彼を見下ろしながら、念話で問う。

『……なぁ、マスター。実体化しても大丈夫かい?』
『いや……使い魔の目があるかもしれないから、止してほしい』
『じゃあひとつ聞いても?』
『…………今日は、セイバーの召喚で疲れたから、また今度……』

 目を隠すように腕を置き、千尋はすぐに寝息を立て始めた。疲れているというのは本当だったのだろう。

 サーヴァントであることを理由に、睡眠の必要がない斎藤は、霊体化したまま千尋の部屋を見渡す。
 勉強机の上には最低限の文房具と、教科書や問題集がある。ひとり部屋というには広すぎる──物理的な広さもあるが、物が少ないから余計にそう感じるのだろう。彼が工房と称する場所と比べて、圧倒的に。

(こりゃ明日は尋問だな)

 聞かなければならないことが、山ほどある。今日は自分が千尋の問いに答えたのだから、許されて然るべきだと考え、斎藤は霊体化したまま何気なく千尋の頭を撫でた。

 聖杯戦争が行われている期間中しか、関わりを持たないはずの召喚者。サーヴァントという呼称の通り、一介の使い魔としてマスターに従っていればいい。……それは分かっていたが。

(あんな顔見たからか? 妙に気になる……触媒を用意していたのに俺が召喚されたのも謎だ)

 ──もしかして、この子どもとは何か縁があるのでは。

「……あ? え? ……えぇ?」

 斎藤の思考に応えるかのように、聖杯が解答を投げた。
 咄嗟に零した戸惑いの声が音になることはなかった。斎藤は天を仰ぐ。

「…………マジかよ?」

 斎藤を召喚するに足る触媒は、用意されていたらしかった。どこぞの英雄の遺物を超える、強いえにし。──即ち、召喚者である斎条千尋こそが、他でもない『斎藤一』の触媒であったのだ。

 現代に至るまで生きた、斎藤の血。それが千尋の中に流れている。

「…………。玄孫かー……」

 霊体化していてよかったと、斎藤は心底そう思った。自分がいま、人生の中で一番間抜けな声を出している自覚があったので。

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