破鏡不照

 辛うじてスタッフやサーヴァントたちに当たり散らかすことはなかったが、ここ最近の千尋は非常に苛立っていた。特に管制室でシステムメンテナンスや特異点の観測をしている時など、鬼気迫るものがある。

 理由はひとつ。
 先の特異点でノウム・カルデアのシステムにクラッキングし、レイシフトを妨害した挙句に「DOMAN」とメッセージを残した蘆屋道満リンボである。平安時代の陰陽師のくせに!! と千尋はキレた。それはもう激しく怒った。カルデアの技術部門を預かった者としてのプライドが、ふざけたメッセージを残した蘆屋道満リンボを許せなかったのだ。尚、蘆屋道満その人に関しては、藤丸と加藤段蔵、坂田金時、そして源氏郎党と鬼たちがきっちり片を付けた。

 だが三週間経っても千尋の怒りは治まらない。自分の拳で決着をつけ、清々しい顔で戻ってきた藤丸が心底羨ましかった。俺も一発殴りたい、という訳である。
 特異点修復後に召喚に応じたアルターエゴ・蘆屋道満を殴る訳にもいかない。アルターエゴ? はてさてリンボとはなんの事やらという態度である以上、同名同クラスのサーヴァントだからと言って、マスターでもない千尋がぶん殴っていいはずがないのだ。

 そんな中で発生したのが毎度おなじみぐだぐだ特異点だ。この忙しい時にと千尋はキレた。キレながらレイシフトした。……だからだろうか。

「はい、それじゃあ面接を始めていきます。どうぞよろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」

 ──千尋は現在、高杉重工の採用面接を受けていた。

 時は遡り、レイシフト直後のことだ。レイシフトを行う途中に恐らく何らかの不具合が発生し、千尋は藤丸や岡田たちとはぐれてしまったのだ。その身ひとつで特異点に放り出された千尋。カルデアとの通信は当然のように繋がらず、今回は共にレイシフトしたはずの村正とのパスも切れてしまっている。
 途方に暮れながらも慎重に情報収集をしていた千尋を襲ったのが、キンノッブだ。キンノッブとは、昭和勤王党のちびノッブである。意味が分からなかろうがぐだぐだ特異点なのでさもありなん。ふざけた見た目に反して意外と手強いそれに囲まれた千尋を助けたのが、高杉重工の社長・高杉晋作であった。

 千尋の右手の甲に刻まれた令呪を見て、魔術師だと気づいた高杉は、維新都市SAITAMAの中央に聳え立つ高杉重工タワーに千尋を連れて行き、特異点のあらましを語り聞かせ、「行くとこないなら僕のところで働けば? 給料出すよ? このビルに住み込みでこれくらい。どう?」とスカウトしたのである。
 サーヴァントである高杉をどれだけ信じてよいものかと千尋は悩んだが、実際行き場もないし藤丸を探すにも探せないし、仮宿としては破格の条件であった。「じゃあ……」と前向きな返事を絞り出した千尋に、高杉はどこからともなく取り出したそれっぽい眼鏡をかけ、「一応面接しとこうか。履歴書書いて」と言った。

 そして今に至る。

「どれどれ……ああ、君、高校中退かあ。僕個人としてはあまり気にしないけど、結構厳しいねぇ。学歴をカバーできるような特技とかある?」
「特技? えー……ルーン魔術と呪術とか、機械系もそれなりに。あと一応人斬りできます」
「おっ! 人斬りは専門職? どこの流派?」

 専門職ってなんだ。ダーオカ的な? 千尋は内心ツッコミを入れながら「ほぼペーパーライセンスです」と返す。

「流派は無敵流です」
「無敵!? なんだそれ、大胆不敵なネーミングだな! 面白い!」
「あと、刀から炎とかビームとか出せます」
「ハハハハ! 採用!!」

 あまりにもあっさりと高杉重工への就職が決まったので、千尋は思わず「面接必要あった?」と呟く。楽し気に笑いながらもその呟きが聞こえていたらしい高杉は「当たり前だろ?」と目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。

「面白くなかったら採用しない。適当にその辺放り出してたさ」
「これからお世話になります」
「あはは、よしよし。じゃあ仕事の割り振り考えるから、今日は部屋でゆっくりしていて構わないぞ。明日から給料分はしっかり働いてもらう。魔術師の従業員は他にいないからな!」


 ──千尋が高杉重工で勤め始めて数ヶ月。驚くほどの快適さに、実際千尋は驚いていた。
 与えられた部屋は広いし、空調も完備されているし、社食美味しいし、ベッドふかふかだし、定時に上がれるし、阿国さんかわいいし、土日祝休みだし、給料もいいし。高杉重工唯一の魔術師ということで何かと重宝され、度々配属された部署とは関係のない仕事を振られるが、その分給料が上乗せされるので、特異点に来るまでに抱えていた怨念など、いつの日からか目元にこびりついていた隈と共にどこかへ消えてしまっていた。

 あまりにもホワイト。これが維新……? 文明開化の鐘の音を聴いた気がする千尋は、ある日社長の高杉に呼び出された。

 着いて来て、と言われるがままに連れて来られたのはタワーの地下だ。千尋は何度も瞬きをして眼前の物を見る。八時間ぐっすり熟睡したはずだが、巨像は消えない。なるほど、幻覚ではないようだ。

「社長。目の前に人理的に存在してはいけなさそうな物があります」
「まだ未完成だけどね。名付けてキ神・アラハバキ! 格好いいだろ?」
「社長。人理継続保障機関所属としては、これぶっ壊すしかないんですけども」
「それは困る。何故って? 高杉重工とカルデアは優秀な社員を失うことになるからさ」
「……クソがよ……」

 高杉は千尋の肩を組み、切れ長の目を三日月型に細めて笑った。

「もちろん、千尋君はそんなことさせないよな? この僕に」
「……当たり前じゃないですかー社長ー」

 快適な生活で忘れていた理不尽に、千尋はここがぐだぐだ特異点であったことを思い出す。癒されはしたものの解消はされていなかった怒りに、再び火が灯った。──よーし、このメカぶっ壊してやろう。そう決意を固め、千尋はスパナを手に取った。





 どうやらレイシフトをした際、藤丸や千尋は時間軸まで大幅にズレてしまったらしかった。
 ストレスフリーで健康体になったはずの千尋が死亡フラグを背負ってキ神なるものを作らされ、再びストレスで隈をこさえた頃に、藤丸たちは高杉重工へやって来た。村正とパス繋がった! と気づいた千尋が社長室へ向かうと、カスカベブロックの担当がどうとかで話がまとまっていた。つまりどういう?

「昭和勤王党かくかくノッブの首しかじかで」
「ああ……そういえば信長公の首がなくなったことがきっかけだったね。ちょっと忘れてた。忙しくて」

 そう言って目元の隈を掻く千尋。すぐ側で高杉が目を光らせているので、アラハバキの存在は伝えようにも伝えられない。眠たげに目をショボショボさせる千尋に、藤丸は眉を吊り上げて高杉を睨んだ。

「高杉社長! あんまり千尋さんに無理させないでください!」
「嬢ちゃんの言う通りだ。ウチのマスターを好き勝手こき使いやがって」
「殿様、やっぱこいつぶっ殺そうぜ。いいよな?」
「森君待って」
「主様が捜していらした方でありますよね? 強制労働から解放するなら、やっぱりぶっ殺した方が早いであります!」
「蘭丸ちゃん待って」

 隙あらば高杉抹殺コマンドを選択しようとする森長可と蘭丸を抑える藤丸。殺意を向けられている当の本人は愉快そうに笑っている。

「いやー我ながら良い拾い物をしたと思ってね! 普段の行いがいいからかな?」
「自分で黒幕だって言ってたじゃないですか……千尋さん、わたし達いま坂本さんの事務所にいるので、帰って寝てください!」
「おっと、それは許可できないぞ。彼には結構重要な仕事を任せてるんだ。な、千尋君」
「うーん……まあ、そうですね」
「ハア……じゃあ、しゃあねぇ。儂もここに残るとするか。構わねぇだろ、社長」
「え? 構うよ。空き部屋は残ってないし、君にはイルマブロックを任せたいんだ。優秀なんだろ? 千尋君から聞いてるよ」

 片眉を上げ、村正は千尋を窺う。協力関係を結ぶと言っても、村正が高杉の言うことを聞く義理はない。

 村正と引き離そうとしている意図はきちんと察しながらも、千尋は村正に「そういう事だから」と言った。村正は納得していない様子だったが、念話で『いざとなれば令呪がある』と付け足せば、渋々了承する。同時間軸の特異点内であれば、どこにいても村正とはパスが繋がっているのだ、アラハバキのことは盗聴の心配のない念話で全部暴露してやろうと決意した。

「まあ、俺は俺で上手いことやるから大丈夫だよ、立香ちゃん」
「そうですか? 本当に無理しないでくださいね」
「そんな疲れた顔してるかなぁ、俺……疲れてるけど……」

 キ神と共に早くこの特異点ぶっ壊れないかな、と千尋は切実な願いを抱いた。





 ストレスの原因であるのが理由の九割を占めるだろうが、千尋はキ神のデザインが気に食わなかった。ゴールデン・ヒュージ・ベアー号の方がカッコイイ、こういう無骨なメカ自体は少年心をくすぐられるので嫌いではないけれど。

 カルデアで培った技師としてのノウハウがこんな形で活かされることになるとは思ってもみなかった。今の状況において恨むべきは、自身をカルデアにスカウトしたマリスビリーか、遠回しに殺すぞと脅してこんなとんでもメカの建造に協力させてくる高杉か。

「どっちもかな……」

 どっちもだな、とひとり頷いた。キ神の件さえなければ、高杉重工は最高の職場と言えたのだが。

 最後のボルトを締め、千尋は長く息をついた。こんな物さえなけえばという苛立ちが募る。募ったので、握り締めたスパナを思いっ切りキ神に向かって投げつけてやった。その程度のことでキ神に傷一つ付かないのは千尋が一番よく知っている。

 高い金属音を上げて跳ね返ったスパナがあらぬ方向に飛んでいく。それを目で追うと、逆光に照らされた2騎のサーヴァントと目が合った。高杉と見慣れない格好をした坂本である。

「……手が滑った」
「僕まだ何も言ってないけど?」
「そこのイメチェンした坂本さんは何?」
「やあ、どうも。初めまして。君が高杉君の手駒だっていう魔術師か」

 嫌味な笑い方をする奴だ、と千尋は警戒する。明らかに坂本龍馬ではない。そんな坂本と肩を並べている事といい、キ神の事といい、どうやら計画は大詰めであるらしかった。村正を令呪で呼び寄せるよりも、サーヴァント2騎に殺される方が早そうだ、と千尋は冷や汗を滲ませる。

「彼はどうするつもりだい?」
「信長の首と合わせてアラハバキの核になってもらう。令呪は魔力の塊だし、彼も魔術師として優秀だ。丁度いいし、何より面白そうだろう?」

 笑う高杉に腕を掴まれ、あれよあれよという間に千尋はキ神の中に押し込められる。その内にキ神は動き出したようだったが、千尋に伝わる揺れは最小限だ。あまりにも完璧な設計。千尋はふう、と息をつく。技師としてちょっとやる気を出してしまった部分があるのは否めない。見た目が好みと異なるなら中身を自分好みにしてしまえという訳だ。自分が乗ることになるとは思っていなかったけれど。

 燃え盛る街、外から聞こえる封印がどうとかという言葉。タイミングを見計らっていた千尋は、内側からキ神の一部を切り開いて顔を出す。刀一本でキ神に傷をつけられるはずがない、と高杉が目を見張っていた。

「驚くのはまだ早いぞ、社長!」
「何……?」

 不敵に笑った千尋が指を鳴らす。キ神のボディ全体に魔術回路のようなものが浮かび上がったかと思えば、溜め込んでいた魔力が逆流し始めた。間接部分からは断続的な小爆発が起こる。

「ハハ! 俺が素直に言う事なんて聞くかよ! バァーーーーーーカ!!」

 高杉に言われた通り、もちろんキ神の建造は手伝った。ただし魔術を仕込んで、ここぞというタイミングで自壊するように、だが。人理の危機に関わるような物の建造に馬鹿正直に協力する訳がないのだ。一宿一飯の恩は通常業務で返したはずだと千尋は考えている。

 恨めし気に千尋を睨みつけながらも、高杉は口角を引き攣らせて笑っていた。

「気づかなかった……いや、気づけなかった。実は僕の邪魔をしていた? 魔術で? キ神を造りながら?」

 言外に殺すぞと脅したところで、素直に言うことを聞くタマではないと察していた高杉は、もちろん千尋の行動には目を光らせていた。
 サーヴァントへの念話、魔術の仕様如何、その他諸々──見落としはなかったはずだ。殊勝な態度だからと気を緩めるような高杉晋作ではない。

 だが実際にキ神は弱体化し、その上で二刀流の魔術師が不敵な笑みを浮かべている。

「──気に入らない、ああ気に入らないけど、この仕込みは面白いぞ!」
「そりゃどうも! ──立香ちゃん! 今の内にぶっ壊せ!!」

 キ神から飛び降り、千尋は藤丸の下へ向かう。村正が「無茶しやがって」と言いながら千尋の背を叩いた。


 ……謎の蘭丸Xが信長の首を取り戻し、黒幕であった天逆神は消え、無事に事態は収束し、これで安心して眠れるぞとその日ベッドに潜り込んだ千尋は、意識が落ちる直前にふと思い出した。

 あれ? そういえば社長、AI作ってなかったっけ。アラハバキって、一基だけだったっけ。

前頁 戻る 次頁