火曜日に洗礼を受けた
ソロモン・グランディ

それは私が共に暮らした人のことなのでした。

一言一言区切りながら話す彼の言葉はあまりにもぶっ飛んでいて、またあまりにもリアルだった。

「……え、嘘、でしょ」

一呼吸遅れたそんな返事しかできなかった。



◇ ◇ ◇



「……悪いな」
「いやいや、仕方がないよ。どうしようもないことだし」

話を聞いてみると、彼は私と同い年で、それ以外は何も覚えていないらしい。
所謂記憶喪失だ。
私、軽く彼に自己紹介をすると、彼が顔しかめた。

「あ、名前、が…」
「え、思い出せそう?」
「いや…ケイ、何とかだった気がするんだ。名字は全く」

ケイ、か。恵、京、圭、慶……
頭に幾つかの感じを浮かべてみたが、どうもこの目の前の彼には会わない気がする。
でもまぁとりあえず。

「ケイって呼べばいいよね、これから」
「これから?」
「だってどうすんの。住むとこ無いしお金無いし記憶無いし。
警察は…たかが知れてるって。だから、一緒に住もうよ?」
「…家族は大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫。私見ての通り1人暮らしだし」
「じゃなくて、ほら…この俺がいるって状態が、だな」
「あ、そっち?私、両親もういないから大丈夫」
「…は?」
「私の両親ね、もう5年も前に死んじゃった」



◇ ◇ ◇



まだ私が小学生だった5年前、両親は交通事故で死んだ。
父さんも母さんも一人っ子で、両祖父母ももう他界していたから私は独りぼっちになってしまった。
幸いに両親の残してくれたお金が少しあったし、遠い親戚とかいう夫婦の目はギラギラと欲にまみれていて気持ちが悪かったから、私は施設に入った。
でもそれは中学までで、私は利息で少しだけ増えたお金を持って一人暮らしをはじめた。
でも奨学金が貰えるほど頭が良かった訳じゃないから、公立の高校に入って、バイトもはじめた。
そんな生活をはじめて、もう2年だ…。



◇ ◇ ◇




「そう、だったのか。悪いな…」
「気にしないで。貴方だって一人なのは一緒でしょ」
「それは、違うだろ」
「え」
「俺は記憶さえ戻れば家族もいるだろう、お前が言うとおり俺が私立に通っているなら、絶対。
それに金持ち校なんだろ?だったら金にも困ってないだろう。お前とは、違う。俺よりお前の方が辛いはずだ」
「…なんか気、使わせちゃったかな…」
「や、こっちこそなんかむきになっちまって…」
「でもさ!」
「ん?」
「これからしばらくはケイと一緒だから」
「ああ、そうだな…。悪いがしばらく頼む、名前」

私が彼を拾ったのは、寂しかったからかも知れない。




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