土曜日に死んだ
ソロモン・グランディ

それは私を忘れてしまった人のことなのでした。

「嫌、だよ…」

私は後ろで何か叫んでいるのに構わず、一直線に家へ帰った。
知らないって。
こんな女知らないって。
じゃあ私とケイが過ごした短くても幸せな日々はなんだったの。
全部夢だったとでもいうの?



◇ ◇ ◇



そんなはずもなかった。
家に帰ると敷きっぱなしの2組の布団、
トースターの中には後は回すだけの2枚のトースト、
用意している2つのマグカップ。
私は膝から崩れ落ちて、涙が、止まらなくなる。
落ちていた彼のワイシャツに手を伸ばし、顔をうずめると香る、彼の匂い。
結局その日一日布団に包まって泣いていた。
彼の服を抱いたまま。



◇ ◇ ◇



翌日も頭を整理出来なかった私は学校を休んだ。友達に休むとだけメールを入れて。
また、食事を摂らずに眠りについた。
夢の中ならまだ、幸せな気がして。



◇ ◇ ◇



ヴーヴーヴーという規則的な音に起こされた。
まだ続くそれはメールでなく電話のようだ。
ディスプレイに表示されたのは朝メールをした友達で、何か連絡かとボタンを押した。

「もしもし?何か、連絡?」
「いや…名前が心配だったの。いつもとメールの感じも違うし…。なんかあった?」

え、と声が漏れた。
あんなメールで分かってしまう人がいるなんて。
また流れ始めた涙を擦りながら、ありがとう、となんとか言葉を発した。
促す彼女にゆっくりと、今までのことを話した。

「記憶、喪失ね……あんたそんな人抱えてたからバイト増やしてたんだ」
「うん、でも誰かと一緒に暮らすって久しぶりでいて、欲しかったの。でも、でも、もういない……」
「忘れられないよね」
「だってまだこの家には彼のいた後がいっぱいあるんだよ?
ケイが着てた服だって彼の匂いがする…っのに…っ」
「昨日の今日だしね……でも彼の学校も名前も分かってるなら、また会いに行けばいいじゃない」
「でも向こうは氷帝の人だよ?しかも跡部って言ってたからあの跡部グループでしょ?きっと。私とは大違いだ…もう、忘れる、ことにするから……」
「同じ名字なだけかもしれないよ?でも、あんたがそのつもりならそれでもいいんじゃない?
どっちにしろ、あんたの知ってるケイはもういないだろうから。せいぜい、泣いたらいいわ」
「う、ん…」

それから私は彼女に
ケイ好きだった、
大好きだった、
愛してた、
と連呼して、慰めてもらったのだった。





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