フェリクスと支援B
翠雨の節に与えられた課題はなんとも辛いものだった。何も言わないが、それぞれ思うところがあるのだろう。
その中で特に参っているのがナマエだった。
「おいおい、どうしたんだよナマエ」
すっかり訓練場の常連になったナマエの背中を容赦なくカスパルが叩く。
痛い、と小さく呟いたナマエにフェリクスがため息を吐いた。
「いい加減にしろ」
降ってきた叱責に顔を上げる。
「注意散漫で剣は鈍い。訓練に集中しないのなら帰れ」
痛いほどの正論に唇を噛んだ。
カスパルがフェリクスとナマエを交互に見て口を挟もうか悩んでいるのが窺える。
「お、おいフェリクス、そんな言い方しなくてもいいだろ」
「フン」
悩んだ末に苦言を添えたカスパルに、フェリクスが鼻を鳴らした。
「カスパル、いいんだよ。正論だし」
あと、言わないけどフェリクスなりの気遣いだってこともわかる。
ナマエはなんとか笑顔で答えた。
「ナマエが良いなら良いんだけどよ」
あっさりと引いたカスパルが離れた場所にいるラファエルを見つけ、「おっ、ラファエル!勝負しようぜ!」と駆けて行った。
フェリクスはまだそこにいる。
手に収まる剣はいつもより重く、握り直せば剥けたばかりのマメにじくりと痛みが響いた。
「……何に悩んでいるのか知らんが」
手元に視線を落としていたナマエはフェリクスの言葉に再び顔を上げた。
今にも舌打ちをしそうな表情のフェリクスはナマエと目を合わせず続ける。
「どうせくだらんことで足りない頭を使うくらいなら、その貧相な体をどうにかするんだな」
一言どころか三言くらい多い。
「すっごい失礼だし、すっごい腹立つけど、ごもっともです」
きっと今回討伐しなくてはいけない彼は、容赦なく殺しにくる。
生半可な覚悟で挑んだら殺されて終わりだ。
「でも……シルヴァンに実の兄を殺すなんてさせたくない」
漏れた本音にフェリクスは憚ることなく舌打ちをした。
「お前はあいつをなんだと思っているんだ。ひ弱で可憐なお嬢さんか?」
「そんなこと思ってないよ!」
「なら、あいつが与えられた課題から逃げる軟弱者とでも思っているのか」
鋭い目つきで射抜かれてナマエは言葉を詰まらせた。
そういうつもりじゃ無かった。シルヴァンとは生まれた時からの付き合いで、彼が強いことも賢いことも勇敢なことも知っている。
「お前が言ってるのはそういうことだ」
フェリクスの一言が痛く刺さった。
剣を握る手には力が入るのに、体は重たくて動かない。
シルヴァンのことを軽んじていた?
────誰よりも彼のことを信じなきゃいけないのに?
「そも、賊の首を取るのは俺だ」
至極真面目な顔で言い放ったフェリクスに、ナマエの目が丸くなる。
「フェリクス……天才」
青天の霹靂。
そうだよ、別にシルヴァンが討たなきゃいけない理由なんてないじゃないか。
「私が強くなって倒せば良いんだ!」
持っていた剣が軽くなった。
────シルヴァンのことを軽んじているわけじゃない。
ただ、ほんの少しでもシルヴァンの心に傷がつくのを避けたいだけ。
「……俺が倒すと言っている」
「いやいや、私負けないから」
ばちりと散った火花に、ナマエはもう一度剣を握り直した。
「あーあー、お前ら二人ともボロボロでなにやってんだか」
呆れ顔でナマエとフェリクスを見比べたシルヴァンが肩を竦める。
あの後ナマエが限界を迎えるまでひたすら続いた手合せは、訓練場のちょっとした見せ物になっていた。
そこにたまたま顔を覗かせたシルヴァンが訓練場の惨状を見て絶句。床に突っ伏すナマエを抱え、ふらふらのフェリクスに肩を貸しつつ、一番近いナマエの部屋に雪崩れ込んだのだ。
見物客曰く、あの殺気まみれの中に入る勇気は無かったらしい。
「言葉もない……」
「チッ」
自室でできる簡易的な手当てだが、打身切傷擦傷くらいしか見当たらない二人にはこれで十分だろう。
シルヴァンはナマエの頬を走る切り傷に絆創膏を貼り、救急箱をそっと閉じた。
「子供じゃないんだから加減くらい覚えろよ」
額に手を当てて大きくため息を吐いたシルヴァンにフェリクスはもう一度舌打ちをする。
「先に吹っかけてきたのはこの馬鹿だ」
「えっ、フェリクスだよ」
「お前だ」
「フェリクス」
「はいはい、わかったわかった」
永遠に続くかと思われた不毛な争いに終止符を打ったのはシルヴァンだ。
「お前らは仲がいいんだか悪いんだか」
心底呆れたように呟かれたのを、ナマエとフェリクスは睨み合いながら聞いた。