守護の節、3の日

 大舞踏会の後から薄々感づいてはいた。
 ナマエが目立っていたのは確かだし、あのクロードとシルヴァンを陥落させた、なんて箔がついてしまえば、良い女に見えるのもわかる。
 ────だからといって、人の女に手を出すのはどうかと思うよな。

「何してんだ?」
「あっ、シルヴァン!」

 ナマエが嬉しそうにシルヴァンを見た。横にいる男子生徒の顔が分かりやすく歪む。

「理学でわからないところがあったから話してたんだけど、シルヴァンわかる?」
「おうさ。任せておけって。……で? あんたも何かわかんないのか?」

 ナマエに見えない角度で睨みをきかせると、明らかに男の顔が引きつった。

「い、いや」

 何もない、と言い捨てるようにして走り去る背中を眺めてため息を一つ。
 大舞踏会後からこういった類の輩が増えている、というのがここ最近シルヴァンの頭を悩ませている要因である。

「あの人がわかんないって言ってたのに良かったのかな」

 ぼけっとした様子のナマエは何も気付いていないらしく、それも一向に輩が減らない原因の一つだ。

「なあ、ナマエ。頼むから下心くらい見抜けるようになってくれ」
「え?」

 したごころ。ナマエが口の中で反芻する。
 あまり日常生活で使うことのない言葉にナマエはしばらく考えた後、決意を固めたかのように頷いた。

「わかった、頑張ってみるよ」

 かくして、ナマエの下心察知能力向上の旅が幕を開けるのであった。




「はあ〜、なるほどねえ」

 ため息混じりの声すら美しい。
 と、ナマエが羨望の目でドロテアを眺めながら首肯した。
 
「まあシルヴァンくんの気持ちは分からなくもないわ。だって大舞踏会後からずーっと言い寄られてるじゃないの」
「言い寄ら……覚えがないんだけど」

 話しかけられる頻度はたしかに大舞踏会以降増えた気がするが、それも勉強の話だったり訓練の話だったりで、言い寄られているかと言われると違う気がする。
 ナマエは考えるように眉を顰めた。
 下心を察するぞ、と意気込んだナマエがまず最初に頼ったのが、今目の前で紅茶を飲んでいるドロテアである。
 ナマエから見てドロテアは、恋愛に関して百戦錬磨の印象があり、頼れるお姉さん的な存在なのだ。
 シルヴァンから言われたことをそのまま伝えた結果、今に至る。

「……シルヴァンくんも大変ね」

 本気で同情する顔になったドロテアに、ナマエは口を尖らせた。

「下心の意味がいまいち掴めないというか、なんとなくわかるけど察せないというか」

 今までそんなことを気にする必要なんてなかったのだ。
 士官学校に来るまで会う同世代といえばシルヴァンやフェリクス、イングリット、ディミトリといった幼馴染で。
 下心なんてあるわけがない。

「そうねえ……」

 何かを模索するように視線を揺らしたドロテアが、ある一点を見て手を挙げた。

「ヒルダちゃんにも聞いてみましょ」
「えっ、本気っすか先輩」
「意見はたくさんあった方がいいじゃない?」

 それはそうだけど。割と恥ずかしい話題だから広めたくない気もする。
 どうしたものかとナマエが口を動かしている間に、ドロテアはヒルダに声をかけていた。

「なになに〜?面白そうな話してるわねー」

 あっという暇もなくお茶会に参入したヒルダの目が楽しそうに細められる。
 実はあまりヒルダと面識のないナマエは曖昧に笑ってみせた。

「ナマエちゃんとは一回ちゃんと話してみたかったのよー。あのクロードくんを手玉に取っちゃうんだもん」
「それは本当にめちゃくちゃ誤解です……」

 いたたまれなくなってナマエが縮こまると、ヒルダは喉を鳴らして笑った。

「ごめんごめん、冗談だよ。ナマエちゃんとシルヴァンくんが付け入る隙もないくらい仲良しなのは知ってるし」

 それもそれで恥ずかしい。
 うっすら赤みがさした頬を冷ますように掌で風を送る。

「下心って、難しいわよね。……好意と紙一重というか」

 話を戻したのはドロテアが、腕を組んで悩むように小さく唸った。
 それに同意を示したのはヒルダである。

「たしかにそうかも。でも、結局好意があるから下心もあるんじゃないかなー?」
「そうねえ。仲良くなりたいっていうのも下心の一つよね」
「そうそう。シルヴァンくんのいう下心が何を指してるのかは……なんとなくわかるけどね」
「ナマエはそういうの疎そうねぇ」

 とんとん拍子で進められる速度についていけず目を回していると、不意にドロテアから話を振られる。

「う、疎い、かな」
「うん。疎いねー。この反応がもうだめ」

 必死に返すも、ヒルダに一蹴された。
 
「なんだろうなあ。ナマエちゃんって顔に全部出るんだよね。……それかな」
「……分かってないな、流されてくれそうだな、っていうのを感じ取るのかしら」

 二人の視線が刺さり、再び縮こまる。
 流されやすい件に関しては、前節の折にシルヴァンからも指摘されたので改善しようと絶賛努力中です、と口の中で呟いた。

「まあ、それにしても過保護よねー」

 やってられなーい、とばかりにヒルダが両腕を投げ出した。

「あのシルヴァンくんがここまで執着してるとやっぱり気になるのかなー」

 見定めるような目つきになったヒルダに掌を向けて顔を隠す。

「まさかあ。シルヴァンが執着なんてそんな面倒なことするわけないよー」

 一口紅茶を含んだドロテアはそんな様子のナマエを見て本日何度目かのため息を吐いた。

「シルヴァンくんも、大変ねえ」
「……それさっきも聞いたんだけど」

 なんでだ。
 訊くより先にヒルダが口を挟んだ。

「案外、一番下心ありで接してるのはシルヴァンくんだったりしてね」

 ぱちり、と瞬きをするナマエをよそにドロテアも「そうね」と頷く。
 どうやら今日の議題の結論が出たようだ。

「シルヴァンくんが一番下心あるわ」
「……は、はあ」

 曖昧に納得してみせたナマエは幼馴染兼婚約者の顔を思い浮かべた。