未完の恋情

「シルシルシルシルシルヴァン!」
「なんだなんだ、とりあえず落ち着け」

 慌てた様子で自室に滑り込んできたナマエを見てシルヴァンは呆れ混じりのため息を吐く。
 二つ年下の幼馴染が何故か自分の前ではいくらか幼くなるのは、昔から変わらない事象だ。

「殿下が、殿下が!」
「……殿下が?」

 呆れつつも聞いてくれるシルヴァンに感謝する余裕もなく、ナマエは頬を紅潮させた。

「昔みたいに名前呼びしてもいい、って……」

 落ち着きなくしきりに瞬きをするナマエの顔はまさに、恋する乙女そのものである。

「はぁ────。そりゃ良かったな」

 思わず大きいため息が口から出た。
 なんでこんな時間に、何が好きで幼馴染の恋愛事情を聞かなきゃいけない。
 さっき扉を開け閉めする音がしたからおそらく隣人は戻ってきている。声だけ聞いて、女を連れ込んだと怒られる羽目になるのだけは勘弁だった。

「しかも、昔みたいに接してほしいって……無理無理! 昔って何⁉ 私なんか変だった⁉」
「ナマエ、声がでかい。殿下に聞こえるぞ」
「ひぇ、聞かれたら死ぬ」

 普段のナマエからは想像できない情緒の不安定さにシルヴァンは吐きかけた息を飲み込む。
 
「明日ゆっくり聞いてやるから、とりあえず部屋戻って寝て、落ち着いてからまた来い」
「落ち着けないからここに来たのに!」
「頼むから……あんまりでかい声出すなよ。殿下に女連れ込んだと思われるのは勘弁だ」
「うう、シルヴァン」

 ナマエが唸り声をあげた。

「私、心臓が痛すぎて死にそう」
「お前は本当に大袈裟な……」

 この数分で何度目かのため息を堪えきれずに吐き出す。
 
「そんなにしんどいなら、殿下に直接言ってみたらどうだ?」
「えっ、無理、名前呼びより無理」

 即座に言い放ったナマエの目がとんでもないと伝えてきた。
 もはや興味の薄いシルヴァンを気にもかけずナマエは言葉を続ける。

「殿下は、いつかお似合いのお嫁さんをもらって幸せになるんだから。私はそれを側で見れれば十分満足」
「そのお嫁さんに私がなるって話にはならないんだよなぁ、ナマエは」
「だって恐れ多すぎるでしょ……」

 ナマエの眉が分かりやすく下げられた。
 普段もそれくらいしおらしければ、言い寄ってくる男もいるだろうに。うちの幼馴染女子二人は揃いも揃って男よりかっこいいところがありすぎる。

「そのいじらしいところを見せてやったらいいと思うけどな」

 本心からそう言うと、ナマエは思い切り首を横に振った。何を想像したのか、その頬は赤く染まっている。

「無理無理、こんなのフェリクスとかイングリットにも見せられないから!」

 じゃあ俺にも見せなくていい、と言うのは兄貴分としての自分が許さなかった。
 頑張り屋でかっこつけの幼馴染の気を緩められる唯一だと思えば、悪い気もしない。
 まあ、こんな夜にいきなり押しかけてきて終わりのない恋愛相談とも取れない話をするのは程々にしてもらいたいが。

「生きづらい性格してるよ、ほんと」
「それ、シルヴァンに言われたくないけどね」

 ナマエの表情が気が締まったときのそれに変わった。頬の熱はすっかり冷めたらしい。
 シルヴァンは肩を竦めて流した。

「落ち着いたんなら、気をつけて帰れよ?」
「……うん。ありがとう」
「おう。ま、夜じゃなきゃいつでも聞いてやるから」

 もう一度軽くお礼を言って、ナマエはなるべく扉の音を立てないようにシルヴァンの部屋を出て行く。
 個人的には、────あの二人がくっついたらそれはそれで面白いと思うんだよなぁ。
 シルヴァンが緩く口角を上げた。