君の泣き顔に恋をした

「おっ、ナマエ。今日こそ俺と二人で食事でもどうだい?」

 もう何度目かも分からないシルヴァンの誘いをナマエは相変わらず笑って聞いていた。

「うーん。どうしようかな」

 どうせ今日も体良く断られるのだろうと半ば諦め気味のシルヴァンだったが、ナマエの口から出たのはいつもの断り文句ではない。
 驚いて目を剥いたまま何も言わないシルヴァンに、ナマエが声を上げて笑った。

「あれ? やっぱり断ったほうがいい?」
「まさか!」

 反射的に否定すると、ナマエはころころと喉を鳴らす。
 あんだけ何度も誘っても頑なだったのになんで急に、と思わなくもないが、こんな機会はまたとないだろう。

「美味しい甘味を出す宿場を見つけたんだ」
「そうなの? じゃあ、そこに連れて行ってもらおうかな」
「ああ、もちろん。喜んで」

 相変わらずさっぱりとした返しが何故か心地良い。
 手早く待ち合わせの時間と場所を決めて、ナマエはさっさとこの場を後にした。
 取り残されたシルヴァンがぼんやりと空を見上げる。

「どんな心変わりだ……?」

 ナマエの意図がまったくわからず、一人息を吐き出した。


◇ ◇ ◇ ◇


「うわぁ、ほんとに美味しい! さすがだね、シルヴァン」

 何に対してのさすがなのかは訊かないことにして、美味しそうに甘味を頬張るナマエを見つめた。

「ご飯もおいしくて、甘味までおいしいのはずるいなあ〜。また来たくなっちゃう」
「お望みとあらばいつでもお連れしますよ、お嬢さん」

 いつものように調子良く片目を瞑ると、肯定とも否定ともつかない笑い声があがる。言及せずに、ナマエはもうひとくち甘味を運んだ。

「うまそうに食うなぁ。イングリットと同じ顔してる」

 もぐもぐと動く頬を眺めながら呟いたシルヴァンに、ナマエは「そう?」と首を傾げる。

「シルヴァンって、こうやって二人で出かけてるのに他の女の子の名前出すんだね」
「あ、いや」

 しまった、と思わず口がもたついた。普段ならこんな失敗はしない。
 顔をしかめたシルヴァンにナマエの笑い声が重なる。

「幼馴染なんだっけ?」

 怒っていない様子に安堵しつつ、異性としては何も意識されてないことを痛感した。
 ────いや、別にそれはいいんだけれど。

「ああ。フェリクスと殿下も含めてガキのときからの知り合いなんだ」
「へえ〜」

 ふわふわと笑うナマエが、シルヴァンを真っ直ぐ見た。
 瞳の奥に強い光がある。
 普段のナマエの姿から想像できないほどの、全てを見抜くような真っ直ぐで強い眼差しだ。
 かつてこんな瞳で見られたことがあったか。
 自分に向けられるのは、期待、羨望、嫉妬、値踏みするような下卑たものばかり。

「シルヴァンには」

 ナマエの言葉でハッとした。

「信頼できる人がたくさんいるんだね」

 瞳の強さに似合わない柔らかい笑顔がシルヴァンを見ている。
 優しく告げられた言葉がどうしようもないくらい痛く胸に刺さった。

「……どうかな」

 ナマエからの言葉が嬉しかったはずなのに、口をついたのは否定するような台詞だった。
 真っ直ぐな瞳に耐えきれず、視線を食事に向けたシルヴァンが短く息を漏らす。
 静かに水を口に含んだナマエはそっと目蓋を閉じて時間を置いた。
 しばらくの沈黙を破ったのは、シルヴァンの「なあ」という呼びかけである。

「なんで今日は誘いに乗る気になったんだ?」

 お互い目線を上げないまま始まった会話に、ナマエも下を向いたまま答えた。

「うーん。なんでかな」

 珍しくはっきりとしない返事をしたナマエの言葉の続きをシルヴァンは口を開かずに待つ。
 目の前に座るナマエがスプーンを机にそっと置くのが見えた。

「シルヴァンと一回ちゃんと話してみたいって思ったから」

 呟くような声に思わず顔を上げると、いつのまにか前を向いていたナマエと目が合う。
 喉の奥がひりついて、腹の底が熱い。

「ナマエのためならいくらでも」

 絞り出した音が掠れていた。
 ナマエが小さく笑って首を横に振り、シルヴァンの手を指差す。

「また今度、その手に力が入らなくなったらたくさん話そう」

 言われて、シルヴァンは爪痕が残るほど強く拳を握っていることに気付いた。
 慌てて隠したその手をナマエが泣きそうな顔で見ていたことにも。