Kitten’s yard

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初めて


2023/04/13


私の尊敬する人は、とても優しい人です。

以前、杉山さんの優しさ について語りました。

今回は
杉山さんの優しさに感化された私の優しさのお話。






記事 真面目 の中で、私はこう言いました。

コロナもあって、今の学校ではあまり人と関わってこなかったので、

コロナ“も”あって。

この記事で伝えたいこととは関係ない話だから、とコロナのせいにしたこの文。
実は、コロナ禍はほとんど関係がありません。
無い訳では無いけれど、原因があるとしてもほんの少し。

コロナがあろうとなかろうと、私は人と関わろうとしなかったと思います。

理由は簡単。
人と関わる意味がわからなくなったから。

病んではいません。
少々考えに難あり、考えすぎ、と親しい人に言われることはありますが、心も体も至って健康。
日々を過ごす中で冷静に考えた結果、そう感じただけでした。






優しくなりたい。優しい人になりたい。優しい人が好き。と周りの人がよく言うけれど、私はそう思ったことがありませんでした。
“優しいこと”に特別な魅力を感じなかったのです。
だって、誰もが持ってるもので、誰もが気にかけているものだから。

そう考えていた私にとって「優しさ」とは、人と関わるために、人を好きだと思った時に、人と仲良くなりたいと思った時に、手にとるものだった。



私は、コミュニケーションが苦手です。
くだらないことを話したり、楽しそうに笑うことが、どうしてだか上手くできません。
自分では面白いと思ったことでも、自分では楽しくて笑っているつもりでも、相手には、それがたとえ育ての親だとしても、ほとんどが伝わらないのです。

そして、私も、伝え方がわからない。
だからでしょうか。きっと。
どこに行っても、いつも、ほとんどひとりきりです。

昔は辛かったひとりぼっちも、いつからか当たり前になり、人の輪の中に頑張って入ってその中でひとりぼっちを感じるくらいなら、最初からずっとひとりぼっちの方がいい、と思うようになっていきました。
どうせひとりなら、最初から誰とも関わらずにいればいい、と。

優しくしたいと思っても、優しくしても、
優しくいたいと思っても、優しくいても、
結局ひとり。

いつもひとりなら、もう、ひとりで構わないなら、それなら、私の優しさの意味は、どこにあるの?と。

誰とも関わらず、優しさを意識しなくなった私には、その後3,4年、ひとりきりで、楽ちんな生活が続きました。



そして、今年の2月18日。
人と関わることを新学期の目標に決めた、その初日の日記から。
何ひとつ手を加えていない、心のままの文章です。






人と関わるのも優しくするのも面倒になって
人に優しくすることを心がける意味がわからなくなって
優しくすることに必要性を感じなくなって、
そんな状態で3,4年すごして、
元々鈍めであろう感情の感覚が更に鈍くなって
いよいよ本業に影響が出ては困るなぁというところで
杉山さんに会った。
人間はみんな優しくないと思ってきた。
だから、裏を返せばみんなは優しい。
僕が優しくない代わりにみんなは優しい。
偽物でも薄っぺらくても、
優しくする意識をしない僕よりははるかに優しい。
でも、杉山さんにはそう感じなかった。
優しい、と、最初から感じた。
優しすぎる、と、しばらくして思った。
優しすぎるけど良い、と、追いかけて思った。
人に優しくすること。人に優しくあること。
それが、初めて良く思えた。
初めて優しい人って良いなと思った。
優しい人が好きだなと思った。
優しい人になりたいと思った。
優しくありたいと、優しく人と関わりたいと思った。

23.2.18






一人称が“僕”なのは、光も闇も宝物もごみもすべてを吐き出す日記と私の日常に線引きをするために、わざとしている事です。
お気になさらず。

さて、簡単に説明すると、“本業”というのは私の学業である音楽。

“人間は優しくない”は、優しさを信じられないから、人を優しいと思えなかった。思ったことがなかった。

“裏を返せばみんなは優しい”自分がそれを信じられないだけで、優しくいようという意識をみんな持っている。だから、そういう意識を持たない自分よりみんなははるかに優しい。

そういう意味です。






ただ単純に、いいなと思った。
好きだと思った。
こういう自分になりたいと思った。

誰のためでも何のためでもなくていい。

ただ優しい自分になってみたいと。

初めて。





新学期が始まっておよそ2ヶ月。
今、入学4年目にして、ようやく誰かと仲良くなれそうです。

休み時間はひとりで本を読み週に2,3冊読破していた数ヶ月前と違って、
今は、ひとりとふたりと、一冊の本を毎日顔を突き合わせて見ています。

今でもたまに自分の優しさの意味を疑ってしまうことはあるけれど。

願わくば、優しさを忘れずに生きていけますように。
願わくば、彼らがそんな私と楽しく仲良くしてくれますように。
願わくば、彼らがそんな私を好きだと言ってくれますように。





そして、何度でも、何度でも、本当に、ありがとう。

きっといつまでも、敬愛するあの方を、優しいあの方を、追いかけていきます。