第2部 第17章 第1話 魔法使いの死
2023/07/16
ネロとファウストは、魔法使いの中でもかなり好きなふたり。
運命ほど大袈裟でも奇跡ほど煌めいてもいないけど他にない心地よさそうな関係性がすごく好き。
魔法使いの死を見た環境
✧ 盗賊団のネロ
何回か石になるのをみた。─ ネロ
きっと盗賊団で仲間の死を見たのだと思う。
それを笑って頷いて答えられるくらい、ブラッドリー率いる死の盗賊団は、良い環境だったのかな。
だけど、ネロのことだから、これもまた細心の注意を払って提供された感情なのかな。
そんな間柄でも、なんとなく、
ネロが過酷な環境で生きてきたことは
僕にも理解ができた。
他愛のない笑顔で、
石になる話ができるのも、
その一端だろう。
─ ファウスト(モノローグ)
どうだろうか。いや、きっと、
ゆっくり衰える奴もいれば、
あっというまに終わっていく奴もいた。
最後は寝たきりだったな。
見た目は若いまんまだったけど、
呼吸がゆっくり、少なくなって……。
─ ネロ
寝たきりでいていい、殺されたり捨てられたりしない、 ゆっくり衰えても、あっというまに終わっていっても、それを誰かに看取ってもらえる。
そこは紛れもなく、良い環境なんじゃないかな。
✧ 戦場のファウスト
戦場の中、跳ねる泥の上に、
散らばった美しい石を覚えている。
矢にいられ、石になった魔法使い。
その顔を見ようとしたが、もう見られなかった。
砕け散っていたからだ。
─ ファウスト(モノローグ)
ファウストが何度も見た魔法使いの死は、戦場での仲間たち。
すべて拾い集めて弔う暇も、ひとりひとりに思いを馳せてその魔法使いの石を手に取ることもままならないであろう戦の中。
気を落とす暇もなく士気を上げなければならない戦場での死。
石になるまで見てもらえて、石になったら大切に手に取ってもらえる場所での死と、知らぬ間に自分が誰かが石になり、手に取ってもらえるかもわからない場所での死。
革命軍という光の組織と盗賊団という裏の組織。
真逆なのがなんとも面白い。
それでも、どちらも美しい石である魔法使いの死。
人間の死をみた環境
一番最初に見たものはその後の基準になりやすい。
魔法使いの死と比べるとしたら、人間の死。
おそらく、ふたりが一番最初に見た誰かの死も、人間だろうと思う。
✧ スラム街のネロ
悲劇的な場面に、僕は眉間の皺を深めた。
だが、ネロは微笑さえ浮かべている。
切なさの滲む、憧憬を瞳に灯して。
─ ファウスト(モノローグ)
初めて見た時は感動したなあ……。
なんか、きれいだって思ったよ。
そりゃあ、悲しかったけどさ。
─ ネロ
治安の悪いところ。ろくでもない家族。
外に出て自分で食べ物を探さなきゃ死ぬところ。
外に出たら他人に殺されるかもしれないようなところ。
そんなところでは、人間の死なんてのはざらにあるものだったんじゃないかな。
そして当然、静かに看取られたり、棺やお葬式などがあるとは思えない。
きっと、見ていたのは腐敗していく人。
または腐敗した人だったもの…。
想像でもわかる、美しさなどない。
そんな死を見ていたネロが、初めて魔法使いが石に、それも、綺麗な石になるところを見たら、感動しないわけがないよ……
✧ 小さな村のファウスト
(僕たちは死んでも。母なる大地に
還ることはないのだと思い知らされた)
矢にいられ、石になった魔法使い。
その顔を見ようとしたが、もう見られなかった。
砕け散っていたからだ。
魔法使いは、自分を待つ誰かに、
死に顔を見せることもできない。
─ ファウスト(モノローグ)
対するファウストは。
家族を守り、家族を大切に、家族を暖かく静かに看取ったんだろうな。
住んでいた村の人たちのことも、きっと。
人は安らかに死ぬことができて、穏やかな死に顔を見せてもらえることを知っているんだろうと思う。
人は大切な人の死に顔を見たい、そうして弔い慈しみたい、そんな人たちを見てきたんじゃないかな。
そして、人間は死んだらみんな自然に還るものだと。
穏やかな死と優しい弔いと、自然に還る柔らかな静けさ。
それを見てきたファウストが戦場で見た、泥に濡れ雨に濡れ血に濡れ、どこに溶け込むことも無く歪に世界から浮いている、自然にはじきだされた光る石が散らばっている、そんな光景は、それは、あまりにも、美しすぎて虚しく悲しい。
石になること
✧ きらきら光る特別な宝石
こんな俺でも、最後には、
きらきら光って、転がって……。
特別な宝石みてえに、
大事に手にしてもらえんなら、
それも悪くねえなって。
生きる希望がわいたんだ。
─ ネロ
ネロはすごく理想主義だと思う。
失望や諦めというのは、理想、期待、希望、夢、そういったものを強く抱いているからこそ、熱く見つめているからこそ、深く感じる気持ちだから。
こんな自分でも大切にされること、こんな自分でも特別なものになれること。
少なくとも石になった後、誰かに「綺麗」といって大切に手に取ってもらえること。
ネロの中では、生きている間よりも死んだ後に大切に手に取ってもらえる可能性の方が高かったのかもしれない。
そんな未来がいつかあるのなら、生きていられる…と…。
そんな、石になることに希望を見たネロがブラッドリーには石になってほしくないのは、ブラッドリーという生き方そのものが美しい石よりも綺麗できらきらしていて特別なものだから。ということか。
魂から惚れ込んでるよなあ。
✧ 母なる大地に弾かれる雨
生きる希望がわいた、だって。
ネロの感想は、僕の感想とまったく違う。
(僕は初めて石になるところを見た時、
ひどく悲しかった)
(美しいまま崩壊していくマナ石は、
大地に弾かれる、雨のようで)
(僕たちは死んでも。母なる大地に
還ることはないのだと思い知らされた)
─ ファウスト(モノローグ)
人に見守られ、人に安らかな死に顔を看取られること。
灯火が尽きたら母なる大地に還り、次の生命の糧となる、それが繰り返される自然に還ること。
その寂しげな、それでも温かさと未来の含まれた終わりを知っているファウスト。
そのファウストが言う大地に弾かれる雨のような死。
それはもしかしたら、魔法使いは死してもなお孤独で、自然とすら手を取り合うことはできないという、永遠の悲しみなのかもしれない。
温もりが消えるまで手を握ることも、優しさを思い返して閉じた目を見つめることも、未来を信じて自然に還ることもできない。
遺されるのは、何にも溶け込まず、何にも還らない、ただ美しい石。
自然に愛され、無意識に自然と調和し自然を慈しむ、ファウストらしい感覚だと思う。
月夜の晩酌がこれからも穏やかに続きますように。
彼の死が、いつか来たる彼らの死が、穏やかなものでありますように……