使用人が用意したスウェットを着たローは彼女にとりあえずで自分のパーカーを着せた。男物のためサイズが大きく体の小さな彼女には袖も裾も余る。
スボンは大き過ぎて腰から抜け落ちてしまったためローは履かせるのをやめた。
下着はとりあえず新しいものをと使用人に見つけさせたタグの付いたままの自分のボクサーを与えた。
ロー曰くないよりはマシだろう、ということらしい。
「ロー様、お洋服ありがとうございました!」
「…いや、気にするな。後でサイズの合う服を用意する。」
サイズが大きいせいでワンピースのようになってしまったパーカーの裾を嬉しそうに軽く引っ張って見下ろすように眺める丸い頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
流石に彼女の小さな足に合う靴はなかったためローはミオを小脇に抱えると自室に向かって歩き出す。
片手で乱雑に抱えられ浮いた脚がローの歩調に合わせぷらぷらと揺れる。
ぶら下げられた彼女には赤い絨毯とローの脚、少し見上げればローの後ろ姿が見える。
こんな乱雑に抱えられているのに文句一つ言わず、それどころか少し嬉しそうな彼女に呆れながらローは3階の自室に続く階段を歩調を変えずに登り切る。
ぱちぱちと小さく手を叩く音が聞こえ足を止めると抱えた彼女をちらりと見たローは何に感心したのか、喜んでいるのか下を向いたまま控えめに手を叩いていた。
「喜ぶな、ドMか!」
「…うっ!」
小脇に抱えた彼女の小さな尻をぺしっと軽く叩くと止めてしまった歩みを再開させ広い廊下の中程辺りにある自室の扉を開く。
キレイに整えられた天蓋付きのベッドにミオをボフリと落とすとそのままテーブルの上に乗せられた果物の籠盛りから林檎を一つ取ると彼女に向かって投げ渡す。
「あ、あ、あっ!!」
上手く捕れずベッドに落ちた林檎を慌てて捕まえたミオは林檎とローの顔を見比べる。
「下手くそ」
「す、すいません!」
「腹減ったろ、今日は生憎飯の用意がない。それで我慢しろ。」
そう言うとローも一つ林檎を取って齧り付いた。
そんなローの姿をジッと見つめ彼に倣うように彼女も林檎に齧り付いた。
しゃりしゃりと林檎を咀嚼する音が部屋に響く。
会話はなく二人でただ林檎を食べるという不思議な空間に戸惑っているミオはローをジッと見つめる。
気付けばローは芯だけになった林檎をゴミ箱に放り投げていた。
慌てて半分ほど残っている林檎を食べると芯だけになったそれを捨てるためとベッドから降りようとすると横から伸びてきたローの手にひょいっと取り上げられあっという間にゴミ箱に吸い込まれていった。
「お前にミッションをくれてやる。」
「は、はいっ!」
「ここ数ヶ月、俺はほとんど眠れてねぇ。疲れていても眠気を感じない、やっと眠れても眠りが浅いからすぐに目が覚める。」
彼女の目の前に歩み寄ったローは緊張した面持ちのミオの不安そうに揺れる双眸を見つめる。
鋭い金色の瞳に見つめられたミオは怯え小さい身体をさらに縮こませる。
「お前の役目は俺の不眠症を治すことだ。」
「不眠…症。…ロー様は病気なんですか?」
「病気…ね。まぁそうだな。お前は毎晩俺を眠らせればいい。やり方はお前に任せる。それさえ出来りゃこの屋敷を好きに歩き回っていい、欲しいものも何でも与える、俺がキレない程度の我儘なら聞いてやるよ。」
シェヘラザードの異名は伊達じゃねぇだろ?そういったローはニヤリと口端を上げる。
数回目を瞬かせた後、事の重大さに気付いたミオはおろおろと口を開いては言葉を探す。私にはそんなお医者さんみたいなこと出来ません、そう言おうと口を開くが緊張と不安と恐怖が混ざり合い上手く伝えることが出来ずあの、そのを繰り返す。
「わかったらベッドのド真ん中に座り込むな。俺が寝れねぇ。」
「あっ……ごめんなさい。」
ローの言葉に反射的にベッドの端に避けるとローは柔らかな羽毛布団を勢い良く捲る。
靴を脱ぎ捨てベッドに潜り込んだローはポンポンと隣を叩いて視線で早くしろと訴える。
ミオは躊躇いながらベッドに潜り込むとすかさずローは細い手首を掴んで彼女の小さな身体を腕の中に閉じ込める。
「あ、え…あの、その…ち、近い」
「うるせぇ、俺は眠りたいんだ。始めろよ、シェヘラザード。お前が明日ここにいるかどうかが決まるぞ。」
傷付けるつもりはないといった癖に脅す様なことを言うローにビクリと震えたミオは怯えたように視線を泳がる。
「で、では…一つお話を」
ローの腕の中でぽつりぽつりと語りだす。静かで落ち着いた口調でゆっくりと物語を読む。
「昔、昔のお話です。とある王国のーーー」
ゆったりとした時の流れ、彼女の語る物語に耳を傾けるローは腕の中の体温と声に徐々に意識がボーッとしてくる。
久しく感じることのなかった眠気を感じたローは欠伸を一つ溢して視線の少し下にある旋毛に口付ける。
「ーというお話だったのです。」
「……続き…」
「今夜はもう遅いので続きはまた明日。」
そう言うと彼女は今にも眠ってしまいそうなローの髪を撫でた。
たかが寝物語でこうも簡単に眠りに落ちてしまうなんて、不覚だ。優しく撫でられる感覚に目を閉じたローは久方ぶりの心地よい眠りに落ちていく。
腕に抱かれたままのミオは穏やかな顔で眠るローに胸を撫で下ろした。
なんとか役割を遂行できた、これで今日は生きていられる。
穏やかな寝息を立てるローの寝顔をミオはジッと見つめる。
眉間のシワがなくなった、睫毛以外と長いんだ、鼻高い、彫りが深いな、美人系?、唇薄いのに柔らかそう、肌つやつやだ、こっそり触ろうかと手を伸ばしたり引っ込めたりして迷っていたミオは意を決したように人差し指で閉じられた唇に触れた。
一瞬だけ触れてすぐに離れた指を感覚を忘れないように反対の手のひらで包み込むように大事に仕舞い込む。
柔らかかった…、触れたことに内心感動しているミオは起きる気配のないローの顔を再び見つめる。すやすやと気持ちよさそうに眠るローはとても無防備でまだ出会って間もないミオにも彼が人前でこんなにも無防備を晒す男だとは思えない。
ほとんど眠れてないって言ってたけどきっと相当疲れてたんだろうな、なんだか可哀想な気持ちになったミオは眠るローの腕の中から手を伸ばし頭をそっと撫でる。
よしよしと撫でておやすみなさいと心の中で呟くと欠伸を一つ溢し段々と重くなってきた瞼に逆らいきれずそのまま意識を手放した。
明日も生き延びられることを願い、どうか酷い目に合わないようにと祈りながら…
哀れな奴隷の物語の終焉はいつか、生きて自由になるその日を夢見て…
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