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おそ松さんたちの血が混ざりあった、赤黒い液体の波々注がれたグラスが、私の目の前にそっと置かれる。
それからその隣に空っぽのグラスをことりと置いて、おそ松さんが笑う。


「とりあえずこれは飲んでもらうんだけど、俺達が飲む用になまえちゃんも血、いれてくれる?」


なんでもないみたいに言ってのけるおそ松さんに、今更ながら頭の中でけたたましい警報が鳴る。
このひとたちは、ちがう。
悪いと思ってないことがこわい。
はい、と差出されたナイフを見て、小さく頭をふる。


「無理なら、んー、愛液、とかでもいいけど?」


むしろそっちのが役得、と笑うおそ松さんに、もう恐怖しか感じられなかった。
躊躇うわたしを、12の瞳がじっと見つめる。
敵意はないけれど、有無を言わせない強い瞳。
震える手で、ナイフを手首に持っていくけれど、こんなの正気の沙汰じゃない。
昨日まで死んでもいいと思っていたのに、こんな、情けないし、みじめだ。
痛いのはいや、怖いのもいや。
どうすればいいの?
愛液?冗談じゃない!
でも痛い思いもしたくない、計りにかければそっちの方がマシかもしれない、
パニックになってまともに動かない頭で、ぐるぐるぐるぐる思考が回る。
ふるり、と泣きながら半狂乱で頭をふるわたしに、一番最初に声をかけたのは十四松さんだった。


「じゃあ俺、やったげる」


ナイフを私の手から奪って、そっと握る。
強い力で腕をつかまれて、恐怖に声一つでない。
十四松さんは、真っ黒な瞳で私をじっと見つめて、大きく開けた口のまま表情一つ変えない。


「動かないでね!」


鋭く光る切っ先が、まっすぐに手首に向かうことはなく。
ぷつり、と指先の薄い肌を破る。
ぷく、と見えないほど小さな傷口から覗いた血を見つめて、こんなものでは到底グラスに満たすことなんてできないのにと絶望する。


「いただきマッス!」


十四松さんの大きな口が、私の指先をぱくりと食べてしまう。
ぱちくり、と瞬きを繰り返せば、ぬるり、と生暖かい感覚。
一瞬で口を離して、十四松さんはごちそうさま、と笑った。


「ええー、……まあいいけどさぁ」


苦笑したおそ松さんが、あとに続く。
チョロ松さんのポケットからふんだくったウェットティッシュを指先につけて、そっと唇が触れる。
ちゅぅ、と吸われる感覚がして、すぐに唇が離れていった。


「おまえらも」


おそ松さんの号令に、呆気に取られていたあとの4人が動き出す。
6人の成人男性に指を食まれるというのは、貴重な体験というか、できればしたくないというか。
一番最後のトド松さんが唇を離すと、十四松さんがウェットティッシュと絆創膏片手に手当をしてくれた。
そんなに大げさでなくてもいいのだけれど。


「んじゃ次、なまえちゃんの番だよ」


投げられた言葉に、反射的に目の前のグラスをじっと見つめる。
空気が触れて酸化した赤は、さっきよりずっと禍禍しい色をしていた。

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うたかた