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「ごめんなさい、お待たせしました」
「いや、今来たところだよ」


人の良さそうな笑みを浮かべて、穏やかな声色で想像通りの返答をする。
うふふと微笑み返して、貴方が好きですと言わんばかりの目線を送って。


「お腹がすいているだろう?行きつけの店があるんだ」


ゆったりと余裕のあるエスコートはさすがの一言。
さすがのエース様だ、と思ったところで、潜入調査のはずがすっかり板についた水商売に、自分でもすこしおかしくなる。
あーあ、はやくかえりたいなあ。
連れていかれたのは上品な和食店で、滅多にお目にかかれないような雰囲気にごくりと息を呑む。


「はは、緊張しなくても、昔馴染みだから大丈夫だよ」


柔らかく笑った男が二人分の注文を済ませ、ゆったりと手を組む。


「断られるとばかり思っていたから」
「こんなに綺麗で若い女性とご飯できるなんて、男冥利に尽きるねえ」


上機嫌に笑う彼に謙遜しながら、髪をかきあげて少しばかり気合を入れる。
うまく聞き出さないと。


「嫌いな食べ物はないと聞いているけれど、もし苦手なものがあれば避けてくれて構わないからね」
「お気遣いありがとうございます」


上品な着物姿の女性が運んできたのはいかにも高級感漂う料理の品々で、一人暮らしで無精をしていた身としては感動すら覚えるほどだ。
そっと料理を口に運べば、ふわりと口の中に美味しさが広がる。
お、おいしい。
私の表情を見て、目の前の男がくつくつと楽しそうに笑う。


「気に入ってくれたみたいで、嬉しいよ。そうだ、ここは日本酒も美味しくてね。せっかくだから乾杯しよう」


お酒はあまり得意じゃない。
いつもお店で出してもらうドリンクはほとんどノンアルコールにすり替えてもらっているし。
けれどお客さんの手前あからさまに遠慮することもできずに、どうしたものかと内心困り果ててしまった。


「…に、ほんしゅは、あまり得意じゃないんですが、じゃあ、少しだけ頂きます」
「うん、少しだけでいいから味わってみてほしいな。飲みやすくて上品なんだよ」


進められるがままにお猪口に口をつけて、すっと喉を通る熱さに顔を顰めそうになる。
けれど、確かに彼が言うだけはあって、ほんのりと甘くて飲みやすい。


「おいしい」
「気に入ってくれてよかった。入りたての時よりずいぶん痩せただろう。気になっていたものだから」


お節介ですまないね、と細められた瞳は柔らかい。


「……ホームシックだったので」


ぽろりと零れた言葉は、お酒のせいにしておこう。
目の前の男は小さく眉を下げて、くつりと笑う。


「随分かわいいことをいうんだね」
「そう、ですか?ふふ、甘えたなんです、わたし」
「君みたいな女性に甘えられる人間が羨ましいなあ」
「ふふ、私、けっこう面倒な女ですよ」
「そんなことはないだろう。君は男を夢中にさせる魅力のあるヒトだよ」


そんなこと、ないでしょう。
にっこり微笑みを浮かべながら、ぎゅうと手のひらを握りしめる。
ああわたし、とっても傲慢になってしまったの。
勝手に拉致されて、勝手に触れられて、勝手に甘やかされて、ねえわたし、愛されてるなんて思ってしまったりしてるんです。
そう言ったらあの人たちは笑うのだろうか。
気まぐれで拾った小娘に執着されるなんて、ねえ、可哀想。
それとも、それも計算のうち?


(用済み、になったら、捨てる、癖に)


なのに、優しくしないでほしい。
使い捨ての道具なら、それらしく扱ってほしい。
優しく名前を呼ばないで。
優しく頬を撫でないで。
あなたたちらしく、強引に、処女でもなんでも奪っていけばいいのに。
それなのに、最後の一線を超えないのはどうして?

ねえわたし、つよくなったの。
あのころの何も出来ない小娘じゃあないのよ。
あなた達が教えてくれた。
だけどね私、もうひとりじゃ生きていけないよ。
大切にされてるなんて思わせないで。
いっそこっぴどく私を捨ててよ。
手遅れになる前に。

なんだか頭の中が気持ち悪い。
ぐるぐるぐるぐる、普段は蓋をしている感情がドロドロと胸の中で広がっていく。
胃からせり上がってくる吐き気に口元を抑える。


「ああ、愛しのプリンセス。悪戯ごっこはおわりにしよう」


くつりと笑った男を最後に、視界がぷつりと途切れた。

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うたかた