チョロ松が懐く話
「なまえちゃぁん」
へらへら笑いながら、わたしの腰に手を回して白昼堂々セクハラ行為をするこのおにいさんがマフィアのボス、なんて、今更だけれど俄には信じられないなあ。
すりすりと腰を撫で上げられて、くすぐったさに身をよじる。
「おっ。感じてる?」
「それセクハラだろ」
楽しげなおそ松さんとは逆に、眉間にシワを寄せ、ひどく苛立たしそうに唇を尖らせるのは、松野ファミリー三男のチョロ松さん。
舌打ちでもしそうな、不機嫌丸出しの彼に、小さく肩をすくめる。
わたしがここに来て3ヶ月。
日がな薄暗いベッドで寝転んで本を読んでいるか、何かを書いているか、誰かとじゃれているかの生活。
おそ松さんは、言うまでもなく私の部屋を訪れることが多い。
ちゃんと仕事しろ、と怒鳴られているのをよく目撃する。
それでも懲りないらしく、当番も関係なしに私の部屋に忍び込んではセクハラ行為をかまして嵐のように去っていく。
カラ松さんは、決められた日にかならず部屋に居てくれる。
聞いたところによると、当番の日は非番になるよう予定の調節に抜かりないらしい。
一日フリーをもぎとった彼は、当番の日は一日私とふたりでゆったりと過ごす。
私に触れる前に必ず一言断って、まるで壊れ物を扱うように私に触れる。
一松さんは、いちばんセクハラがきわどい。
決められた日は私の部屋に入り浸ってテコでも動かず、それ以外の日も気まぐれに訪れてはびっくりするようなセクハラをかましてにやにやと笑ってみせる。
十四松さんは、私の唯一の癒しだ。
セクハラ行為はないし、優しいし、明るいし、たまに何を言ってるかよくわからないことはあるけれど、いつもニコニコ笑って手をつなぐだけだ。
トド松さんは、可愛い顔してわりとえげつない。
直接的な接触はなくても、肌を撫でる手のひらがどこかいやらしいし、含み笑いも思わせぶりで。
基本的に決まった日以外は私の部屋には来ないけれど、廊下ですれ違ったりすると、そっと手のひらを撫でたりする。
と、まあ、そこまでは特に言及するところはない。
問題は、今目の前の彼の事である。
松野ファミリーの三男、チョロ松さん。
性格は真面目で几帳面。
あと少し潔癖症。
今私が分かる彼に関する情報などそれくらいで、彼は当番の日も私の部屋にはやってこない。
目に見えて私を信用していないし、目が合えば眉を寄せて軽く睨まれる。
放っておけとは周りの人の言で、でもまあ、チョロ松さんが警戒するのはもっともだろうと思う。
「チョロ松ぅ、あんま睨むとなまえちゃん怖がっちゃうってェ」
「……睨んでないよ」
おそ松さんがするりと服の下に手のひらを滑り込ませてきて、舌打ちでもしそうな表情のチョロ松さんがふんと鼻を鳴らして部屋を出ていってしまった。
「あんま気にしなくていいからねぇ」
おそ松さんの呆れたような声が、二人きりの部屋に響く。
わたしは返事もできなくて、ただ曖昧に笑うだけだった。
***
「……早く歩いて」
「はい」
不機嫌丸出しのチョロ松さんに必死でついていきながら、心の中でめいっぱいほかの五人を罵倒する。
朝起きると扉の前にチョロ松さんが立っていて、準備してとだけ言って広間に戻ってしまった。
「おそ松兄さんも何考えてんだよ」
ぶちぶちと舌打ちするチョロ松さんに、今回ばかりは全面的に同意する。
ボス命令ねとニコニコ笑顔のおそ松さんに告げられたのは、チョロ松さんと二人で買い出しに行くことだった。
渡された買い物リストは、量は多くないもののどう見積もっても数件のお店をはしごしなければならないもので、そうなると半強制的に半日はチョロ松さんと二人で過ごすことになる。
彼等から渡された服は今まで着たこともないようなお洒落なもので、高いヒールが慣れなくて歩きにくい。
「……もっと早く歩けないの」
「すみませ、」
もう5件は買いまわっただろう。
履きなれていないパンプスの靴擦れは痛いし、しばらくまともに動いていなかったから体力的にもつらくて仕方がない。
数メートル離れてしまった細身の背中を追いかけようとした瞬間、後ろから手が伸びてくる。
「え」
キラリと光るものが視界に飛び込んできて、反射的によけて転んだ膝が痛い。
なんとなく触れた頬からは血が滲んでいて、見上げれば男がこちらを見下ろして笑っている。
「松野の女か?」
「…ぇ……」
すっとナイフの先を向けられて、びくりと背筋が凍る。
じわじわと視界が歪んで、ひざと頬が痛い。
「……っぐ」
ゆっくりとこちらに向かってきた男が突然倒れて、ぐっと胸の下に腕が回ってきた。
「何やってんの」
右手に銃を構えて少しだけ焦ったようにわたしを抱え上げるのはチョロ松さんで、ふと視線を投げるとさきほど買ったものが散らばっている。
チョロ松さんはじれったそうに舌打ちを一つした後、わたしを抱えたまま小走りで来た道を戻る。
「ったく……」
押し込まれたのは朝乗ってきた車で、チョロ松さんは荒々しい運転で街を後にする。
「ちょっと我慢して」
そういったきり黙ったチョロ松さんにこくりと頷いて、じんじんと痛む頬をさする。
しばらくして車を停めたチョロ松さんが後部座席から救急箱を取り出して、私の膝を抱え上げて自分の膝に乗せた。
「あ、き、きたないので」
「あ?いいから。大人しくして」
潔癖症の彼がこんなことをするなんて意外すぎる。
強い口調に黙って俯いて、彼の細い指が手当てをしてくれるのをぼんやり眺める。
膝を消毒して、包帯を巻いて、そっと私の足を戻した彼は、私の頬をそっと撫でて眉を下げた。
「女の子の顔に傷つけちゃったね」
残らないといいんだけど、と手当てをしてくれる手のひらは優しい。
「なんかさぁ、警戒してるのも馬鹿馬鹿しくなってきた……」
呆れたように少しだけ笑うチョロ松さんは少し幼くて、わたしも小さく笑って返す。
「冷たく当たってごめんね。こういう仕事してると嫌でも疑い深くなるんだよね」
「……当然のことだと思います」
「うん。でもよく考えたらなまえちゃんもおそ松兄さんに無理やり連れてこられて、よくわかんないまま毎日セクハラされて、危ない目にあってんだよね」
「ごめんね」
「いえ、そんな。わたしこそ」
「……僕ね、まだ完全には信じられないよ。でも、信じてみるよ」
あいつらも、信じてんだもんね。
チョロ松さんはそう言って笑ってくれた。
その日、とりあえずここからと繋いで帰った手を見て、おそ松さんが騒ぎ立てるのはまた別のお話。
四万打企画でリクエスト頂いたものでした!
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