音色にのせて−4
上鳴は家に上がると、奏弥とリビングに入った。壁にはコントラバスがケースに入って立てかけられており、電子ピアノや楽譜の棚など、家中が音楽関係のものであふれているのだと分かる。
「急にごめんな、てか中学卒業以来なのにマジで急だよな」
「いや…上鳴君、雄英で大変だったでしょ?情報は結構友達から聞いてたよ。体育祭でも活躍してたし」
「お、ほんとか?俺も奏弥のことニュースとかで聞いてたから、まったく初めてっつー感じもしねぇんだ」
とは言っても、テレビに出ていた奏弥はもっと顔色も良く、自信に溢れた表情をしていた。今は、その綺麗な顔立ちもやつれ気味で心配になる。体の細さも際立っているようで、上鳴の腕よりいくらも細い腕をしていた。
リビングのソファーに座ると、向かいに奏弥が座る。少し気まずそうにしているのは、久しぶりに会った相手だからか。
翳りはあるものの、顔を見るとやはり、あの頃の淡い気持ちが蘇る。特に想いを告げることもなく雄英に進学したし、高校生になってからは忘れようと努めた。社会に出てからは彼女らしきものも作った。だが、一番きれいな気持ちで出てくる顔は、やはり奏弥だったのだ。
「…上鳴君、コスチューム似合うね」
「あ、えと、サンキュー」
「それ着てるってことは、ただ会いに来たわけじゃないんでしょ?」
「うっ、」
すると奏弥は核心に触れた。仕事をする以上、上鳴はコスチュームを着る。個性の制御の上でも重要だからだ。聡い奏弥は、自身が警察にマークされていると分かっている。そしてしばらく家を出ずにいた自覚があるから、上鳴が来たと踏んでいる。それで正解だ。
「…どこまで聞いた?」
「……わりぃ、全部聞いた。個性のことも」
「そっか」
特に驚いた様子はない。凪いだ表情をしていた。
「…別に、警戒しなくてもいいよ。俺はただ、自分から音楽なくなったら何も残らなくて、なんかもう、何もかもどうでもよくなっただけだから。特に敵になるとかじゃない」
「それはそれで大問題だろ、てか、なんで音楽なくなったらなんて…」
奏弥は音楽を禁じられたわけではない。しかし奏弥は、もう音楽に触れる気がなさそうだ。
「…いや、だって、俺の演奏は人に危害を与えかねない。殺してしまうかもしれないし、事実多くの人が怪我をして、一歩間違えれば死んでいた。そんなヤツが音楽をやるべきじゃない」
「でも…」
「それに、もう俺は一か月もピアノ弾いてない。1日サボれば3日遅れるなんてのは音楽の常識。こんなに弾いてないんだ、もう、俺は…」
奏弥は自身の手を見つめ、ゆっくりとその手を握る。少し震えていた。
怖いのだろう。もしかしたら人を傷つけてしまうかもしれないことをするのが。そしてそれだけ、音楽を愛して、全力を傾けて来た。
「…まぁ、それは奏弥の決めることだし、俺はそんな良いこととか言えねぇけどさ。俺、奏弥が弾いてるの聴きたい」
「…は?」
「どうせ俺しかいねぇしさ、俺これでもヒーローだから、安心していいぜ!自分は納得いかない演奏になるかもしれなくてもいい。俺は、お前が演奏した曲を聴きたい」
上鳴が奏弥に恋心を抱いたのは、奏弥が演奏しているところを聴いたときだった。中学のとき、弦楽部の生徒と五重奏をしていたときに出くわしたのだ。
それが忘れられずに、上鳴はまったく詳しくないクラシックの曲を調べたものだ。
その演奏を聴いて以来、上鳴は奏弥への気持ちを忘れきれずにいる。