風と心の鍵−6
「そんで、なんか全部くだらねって思って、俺は屋上に行った。誰もいねぇし、誰も来ねぇから」
「…そんな、ひどいことしたんスか、士傑は」
「まぁ、ヒーロー科以外はあんま関心ねぇんだろ」
一通り話すと、イナサはぐ、と拳を握った。眉間に皺が寄っているのは珍しく、今日はそういう見慣れない表情ばかり見ているような気がした。
「じゃあ、なんで先輩はその…今日みたいなこと」
「あぁ…普通に金欲しさ。期末の事件があってから、親に連絡行って、とりあえず成績は保持されて停学でもねぇから特に何も言わなかったけど、小遣いは止めやがった。態度わりぃっていう従来の注意もあって、罰にでもしたんだろ。バイトも禁止されってから、これしかねぇんだよ」
バイトには親の署名が必要だ。色々と学校に言われていたこともあって、これを機にということで小遣いを停止された。食費を削るわけにもいかないので、煙草やビールを買うのに金が必要だった。
別に希糸は100%悪くないわけではない。むしろ相当問題がある方だ。正直、疑われること自体は何も思っていない。そうだろうな、と納得すらした。希糸が士傑を見限ったのは、これほどのことを状況証拠だけでろくに調べもせず処分した学校の態度だ。たとえどんな生徒に容疑がかかっていようと、学校側はしっかり調査するべきだった。
「…親御さんのこと、好きじゃないんスか」
「……週1で会うか会わないかっていう頻度で、会っても話もなく、人生の進路だけ指定してくる親を好きになれるヤツがいるなら会ってみてぇもんだな」
もちろん扶養されている感謝はあるが、好きか嫌いかで言えば答えは簡単だ。
こうしてだいたいの希糸の事情は分かったイナサは、少し考えるようにしたあと、再びあの爽やかな笑顔に戻った。そして、思い切り抱き締めて来た。
「先輩!」
「うぐっ、」
「俺、頑張るっス!だからちょっと待ってて!」
「はぁ…?」
脈絡なく言うイナサは、いつも通りよく分からない。ただ今は、よく分からなくていいか、と思っていた。
***
イナサは翌日、2年生のヒーロー科のフロアを訪れた。まっすぐに1組の教室へやってくると、慣れたように大きな声で「失礼します!!!」と言って押し入る。
上級生たちも、仮免に向けてともに学び始めた1年のエースに慣れたように声を返してくれた。
その中で、朗らかに落ち着いた声で返してくれた委員長、毛原のところに向かった。少し切ったのか、前に見た時より短くなった毛むくじゃらに近づくと、毛原は「どうかしたかい」と首を傾げた。
「あの!ちょっとお話いいっスか!!」
「?構わないよ」
毛原は快く応じてくれたので、肉倉や現見にも挨拶をしながらイナサは教室を出て、人気のない廊下にやって来た。
「話とは?」
「実は、折り入って頼みがあって!」
そこでイナサは、昨日希糸から聞いた期末試験の話して、希糸の言っていたことをそのまま伝えた。聞くうちに毛原は難しそうに(見える)表情をする。
「そうだったのか…いや、あのときは私も詳しくは知らなかったんだが…そんな杜撰なことをわが校はしていたのか」
「俺は、ヒーロー志望ってのもあるけど、何より先輩の無実を証明したい!でも、俺1人じゃ、できることは少ない!まだまだ、他の人に手を借りないと、大人に自分の主張をまともに伝えることだってできないっス!だから、手伝ってください!!」
イナサは自分のことは冷静に考えられる。いたずらに職員室に殴りこんでも無意味だ。情報を集めようにも、1年のイナサにできることは少ない。
しかし、ヒーロー科2年の委員長なら話は別だ。教師が選ぶ委員長という職は、人間性を認められた証拠。その生徒の言葉でなら、動くことがイナサよりも多いはずなのだ。だから、イナサは頭を下げた。
「…無謀、だとは思う。でもそうだね、後輩にここまで言われて、何もしないわけにもいかないだろう。できることはやろう」
「っ、ありがとうございます!!」
ただでさえ、毛原は夏合宿の準備ですでに忙しそうにしているし、これから1学期期末試験も控えている、それなのにこうしてイナサのために手を貸してくれるその器の大きさは、イナサが憧れる人物の1人に相応しいヒーローのそれだった。