特別な存在−6


よほど気になったのか、それとも悔しかったのか、荼毘はそれ以降も何度もイズを抱いた。
いずれもイズが勝ち、何度やっても荼毘はイズを先に達しさせることができなかった。

その度に、好きなものに始まり、嫌いなもの、やりたいこと、興味のあるもの、それらの逆など様々なことを聞けなくしていった。
やがて、イズが何をしていたか、何をするのか、些細なことすら聞けなくなる。

コンビニから帰ってきて、「何買ったんだ」と聞かれても答えなくなったし、「晩飯どうすんだ」と聞かれても答えなくなった。

「それ聞いちゃダメなヤツだよ」と返すことが多くなるにつれて、荼毘の表情が複雑そうなものになっていった。
それに対して、イズは内心変なの、と思う。


イズがこんなことをするのには理由がある。
それは、イズの個性の弱点に起因する。

どこに存在してもしていなくても、イズに対して違和感を持てなくなる個性、イグジステンス。その弱点は、イズを特別だと思うこと。イズを特別視する相手には効かないのだ。ここでいう特別視とは、もっぱら恋愛などがそれにあたる。

体を重ねるという行為はある程度距離を縮めることになる。うっかり恋してしまうことだってあるかもしれない。だから、体を重ねてまでイズのことを知りたいと思うような相手はイズから興味をなくさせるようにしなければならない。
ここまでイズのことを言わなくなれば、だんだんと嫌になってイズのことを忘れようとするものだ。今まではそうだった。
もちろん、最初からそういう指向の相手であれば違う対応を取る。荼毘は少なくともそうではないはず。

しかし荼毘は、ここまでイズが自身のことを語らなくなっても、まったく嫌そうにしなかった。ただ、何やら複雑そうな表情を浮かべるだけ。いったいどういうことだ、とイズはだんだんと焦りすら感じるようになっていた。



***



小さな台所で包丁を使い野菜を切っているイズを見ながら、荼毘はあぐらに腕をついて頬を支える。

鍋の様子や切っている野菜からして、カレーかシチューと見ている。そんなことすら聞けなくって、いよいよ荼毘はイズに関する一切のことを知ることができなくなっていた。
ただ、イズの態度は特に変わりなく、いつも通りの飄々とした感じを崩さない。こちらから質問できないだけで、ちょっとしたことなら向こうから言う事も多い。夕飯だって、「今晩ハンバーグにするからひき肉買ってきて」と向こうから告げることがある。
指名手配犯にひき肉を買いに行かせる神経を疑うが、マスクをすれば意外とバレないものである。一般人だって、スーパーに神野区を壊滅させたグループの1人がいるとは思わないわけだ。

しかし、こちらから知ることができないという状態であるだけで、なんだかもやもやとする。体を重ねるというのは、最も互いを知る行為であるはずなのに、回数を重ねる度に離れていくのだから皮肉なものだ。別にそんなロマンチストではない荼毘だが、なんだかフラストレーションが溜まるのだ。
それが自分でも解せないというか、得体のしれないヤツだからこんなことをしているというのに、その男相手にこんな気持ちになっているのが釈然としない。

たとえば、ちょっと路地裏で些末な敵を殺して焼死体にした帰り、部屋に戻ると短い廊下の途中にある台所で料理をしているイズがいて、「おかえり」と言われても何を作っているのか聞けないとき。
たとえば、会話の途中に席を立ったイズに、どこへ行って何をするのか聞けないとき。
たとえば、面倒だからとインスタントラーメンで食事を済ませる際、なんの味が好きなのか聞けないとき。
たとえば、朝目が覚めてコーヒーを淹れるイズに、なんで角砂糖を大量に投入するのに頑なにコーヒーを飲むのか聞けないとき。


たとえば、布団の中で、ふとイズが荼毘の胸元にすり寄るようにして寝ているのに気づいて、その安らかな寝顔に言いようのない感情が沸いてきても、それを伝えることもままらない関係であることを実感するとき。

そんな何気ない日々の一瞬一瞬で、たとえを上げればキリがないほど、荼毘は些細なフラストレーションを感じていくのだ。

そういや、と荼毘はふと気が付く。


(あいつ、普段イかねぇけどどうしてんだ?)


情けなくも負け続ける荼毘が果てたあと、イズが処理しているのか知らない。そんなことも、もう聞けない。


(聞けねぇなら、その必要なくしゃあいいだけか)


それならば答えは簡単だ。荼毘はそんなことを何気なく考えながら、台所で手際よく作業するイズの姿を眺め続けた。


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