京都不浄王編/前編−6
燐たちと分かれ、朝祇たちは虎子に連れられて廊下を進む。身内に挨拶、と言ってもそれが言葉通りでないことは何となく分かっていた。
やって来たのは個室。虎子はここに出張所の所長、つまり廉造の父である志摩八百造がいると言っていた。
襖を開けると、布団に横たわっていた男が起き上がる。
「おおっ、…!坊、ゲホッ、」
「八百造さん、起き上がらんでええから」
志摩八百造、上一級祓魔師で京都出張所の所長である。廉造たちは慌てて駆け寄った。
「なに、大したことあらへん。2週間もすれば治るいう話ですわ」
八百造の布団の両側、上座の方から勝呂と廉造、虎子と子猫丸と座り、朝祇は子猫丸の隣の下座に座る。身内ではないからだ。
「所長の分際でこの有様や…!少しでも早う現場復帰せんと気ィ休まらん」
自省して頭を下げる八百造に、勝呂は逸るように「みんな酷いんか」と訊ねる。心配そうな様子に、虎子は笑って答えた。
「大丈夫や。ちゃんと療養すればみんな治りはるいうし、死人もおらんし」
「…そうか。良かったわ」
誰よりも家族思い、明陀思いの勝呂だ、それを聞いて安心したように息を着いた。
「それより坊こそ、ご無事で何よりです」
「あぁ、みんなのお陰様でな」
笑う勝呂に頷いて、八百造は自身の左手、子猫丸たちが座る方に向き直る。
「…子猫丸。よう坊を守ってくれたな。大したもんや」
「っ!い、いいえ!守ったなんてそんなめっそな…!僕は右往左往しとっただけです!」
「おとんおとん、俺もアバラいってもーてん…」
廉造もめそめそとするフリをしながら言うと、八百造は先程の虎子のように顔を般若のように豹変させて頭をどついた。
「お前はど頭ピンクにしただけやろが!!」
「ぞぇぇ!?」
「お前に錫杖預けたんは髪ピンクにさすためやないねんぞ!!」
「お、俺かてやることはやってましたぁ!!」
頭を擦る廉造に、子猫丸は苦笑する。
「志摩さんも志摩さんで右往左往してはりましたよ」
「子猫さんそれフォローなってへん」
さりげなくフォローでないことを言う子猫丸に、廉造は涙目でツッコミを入れた。
「一ノ瀬君も久しぶりやな。大事ないか?廉造頼りないやろ」
「お久しぶりです、元気ですよ。少なくとも精神的には支えられっぱなしです」
「あー、物理的には一ノ瀬のチートっぷりが増してきとるな」
「一ノ瀬君の方が坊のこと守りはってくれたような気もします」
「ほぉ…」
勝呂と子猫丸も同意すると、八百造はまた手を振り翳す。廉造は慌てて防ごうとしたが、それを止めたのは勝呂の冷静な声だった。
「和尚(おとん)は…倒れたて聞いたで。どないなったんや」
「せやった!まさかおっさまも瘴気にあたったん!?」
廉造は攻撃を避けるためにも会話をそちらへ促す。そもそも明陀宗で最も尊い立場なのだ、気にならないわけでもないだろう。
八百造は深刻そうに目線を下げる。
「おっさまは、出張所に遊びに来はってたところを、今回の件に巻き込まれて…」
ごくり、と誰かの固唾を飲む音が響く。沈黙の中、八百造は続けた。
「びっくりして腰を抜かしはったんや」
「……それだけ?」
廉造の拍子抜けしたような声に八百造は首肯く。
「今はもうピンピンしてはる」
一気に場の空気は弛緩した。何事もなかったのなら何よりだ。朝祇も何度か会ったことがあるが、気のいい優しい人だった。
しかし、勝呂は母譲りのおどろおどろしい顔になっていた。親子揃ってよく似ている。
「和尚は今どこにおるんや」
「さぁ…あの人携帯電話持たへんさかい…」
手を頬に当てて考える虎子に、勝呂は歯を食い縛るようにしながら言った。
「あのハゲ達磨にどうしても話があるんや…!」