京都不浄王編/前編−5
「遠くからよう起こしやす。私、この虎屋旅館の女将でございます。ご逗留中は完全貸し切りにさせてもろてますんで、ゆっくりしとくれやす」
新幹線を降りたあと、京都駅からマイクロバスで出張所へ向かった。車内は重い沈黙が立ち込め、雰囲気は最悪だった。燐と勝呂たちの溝、その合間で本質を見極めつつ硬い態度を変えない出雲、素直に受け止めて自身を責めるしえみ、塾生たちの空気は過去最悪だった。
朝祇はその合間で寝るしかなかった。
そうしてやって来た下京区、住宅街の中に何かの世界遺産のような荘厳な和風建築があった。京都出張所だ。そしてその程近いところに虎屋という旅館がある。勝呂の母が女将をやっているところだ。その建物の前にバスが止まり、ぞろぞろとその玄関に向かう。
先頭のシュラたち大人が挨拶をする後ろで、勝呂たちは無言を貫いていた。
挨拶をしたシュラたちは女将とともに奥へと行き、後ろの候補生がようやく玄関に着く。
そこで、ついに旅館のスタッフたちが勝呂に気付いた。
「坊!」
「坊や!」
「よう戻らはったなぁ!」
「こらめでたい、女将さん呼んで女将さん!」
ざわざわと色めき立つスタッフたちに、勝呂は慌てて怒鳴る。
「やめぇ!里帰りやないで!たまたま候補生の勤めで…」
「竜士!!」
そこへ、女将、こと勝呂の母・虎子が駆け付けた。走ってきたのか、軽く息を切らしている。
女将らしい清潔感のある優しげな美人である顔を心配そうにさせていたが、勝呂を見るなりそれを歪めた。そして声を荒げ、般若のように怒鳴った。
「…とうとう頭染めよったな…!!将来鶏にでもなりたいんかい!」
そこからは完全に虎子と勝呂との家族の口論となった。
髪を染めたことについて怒る虎子に、勝呂は応戦するもやはり押されている。
それを見て廉造は手で口元を押さえて笑う。
「ブクク、絶対髪のこと言われる思た」
肩を震わす廉造を、朝祇は小突いてやる。
「お前も言われるだろ、八百造さんに」
「…アッ、」
「志摩さん、僕らも挨拶しましょう」
そこで子猫丸は、様子を伺い廉造を連れて足を踏み出す。虎子の剣幕に引き気味だったようだが、道理を通すためにきちんと動く子猫丸はやはり偉い。
「お、女将さん、子猫丸です、ご無沙汰してます」
「どーも女将さん、お久しぶりですっ」
「猫ちゃん!廉造も!よう帰ってきたなぁ…」
まず2人が挨拶してから、朝祇も一歩前に出る。中3の頃はたまに虎屋旅館で勝呂たちと勉強をしていたため、面識はあった。
「こんにちは、女将さん。お久しぶりです、お変わりないですか?」
「あら一ノ瀬君も!こっちは相変わらずやで。それにしても3人とも、竜士のお守りも大変やったやろ」
「お守り言うな!」
一通り挨拶をして冷静になったのか、虎子はようやく後ろの燐たちに気付いたようだ。「あら、いやや私ったら」と笑顔をパッとつくって頭を下げる。
「初めまして、竜士の母です。いつもウチの息子(ボン)が世話んなってます」
それを聞いた燐は驚いて飛び退く。分かるなぁ、と思いぬるい笑みを浮かべてしまう。
「母!?え、この人勝呂の母ちゃん!?美人だ!」
混乱する燐に、虎子は事情を軽く説明する。
落ちぶれた明陀宗を支えるため、虎子は実家の旅館を継いで女将をやっているのである。
そこに、シュラが戻ってきて虎子に声をかけた。袋から東京土産を取り出しながら改めて挨拶をする。
「さっき所長さんにご挨拶させてあいただいたんで、私らはさっそく出張所の応援に行ってきます。医工騎士を半分置いていきますんで、魔障者の看護に使ってやってください」
「ありがとうございます。それであの…」
虎子は右手を頬に添えながら言い淀む。シュラは言わんとすることを察したのか、こちらを振り返る。
「勝呂、三輪、志摩、一ノ瀬!お前らは久々の故郷なんだし、少し身内に挨拶でもしてきたら?」
勝呂たちは突然のことに驚き、廉造がとりあえず「はい」と返事した。
他は看護の手伝いとして先に虎屋の魔障者が治療を受ける場所へ向かうことになった。