京都不浄王編/前編−7
八百造との挨拶が終わったところで、朝祇たちも燐たちに合流することになった。虎屋の大広間に向かうと、そこにはずらりと布団が並び、魔障を受けた者たちが横になっている。その合間を医工騎士たちが看護に回っていた。出雲やしえみの姿は見えない。
すると、何やら激しく言い争う男女の声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。
「大体深部は宝生の管轄やぞ!お前らの警備がザルやったさかいこないなことになってもうたんやろ!!」
「黙りよし!そもそもその前に上部の警護がザルやったさかいに、深部にまで侵入されたんと違うか?」
怒鳴り合うのは廉造の兄で志摩家次男、上二級祓魔師の志摩柔造と四男で中二級祓魔師の金造、そして同じく僧正血統の宝生家長女で中一級祓魔師の宝生蝮、以下妹の錦と青である。
全員魔障を受けたのか布団に体を起こして座り、口論をしている。
どうやらこの状況の責任の所在について言い争っているらしい。
志摩家は出張所におけるメインの戦闘員で、所長の八百造を筆頭に祓魔隊や警邏隊に属する。宝生家は出張所の地下にあるという不浄王の右目を保管する深部の担当だ。
「うわぁ、またやっとるわ…」
「あいつらこないなときまで…!」
廉造はいつも通りの志摩家と宝生家の不仲に引いたようにため息をつき、勝呂は眉間にシワを寄せた。朝祇もたまに柔造と蝮の口論を見たことがある。
「屁理屈ばっか捏ねよって…ヘビ顔のどブスどもォ!!」
そこで、柔造は錫杖を蝮のすぐ側に向かって突きだした。錦の悲鳴が上がる。
蝮もキレたのか、「申(サル)が!!」と怒鳴って腕を前に交差させた。
「オン アミリティ ウン ハッタ!」
真言のようなものを唱えると、蝮の左腕はくねくねと動きだし、 そのまま蛇へと変わった。ナーガという悪魔だ。
「ちょお、坊、まずいですよ!」
廉造が言うと、勝呂は頷いて早歩きになる。廉造と子猫丸も続き、朝祇も従う。
「廉造、子猫丸、被甲護身の印でナーガ止めるで」
「おん」
「分かりました!」
詠唱騎士のできることは致死節を唱えることのほかに、一種の魔法のように特定の言葉を唱えながら必要な動作をすることで結界や攻撃が可能である。被甲護身の印は仏教系で見られる詠唱術だ。
「その棒キレ下ろして大人しうしとった方が身のためやぞ、お申ども!」
「ど、どないする柔兄!」
「ええ度胸やないかい…金造援護せぇ!!」
「やっぱ柔兄はこうでなくちゃ!」
柔造と金造は立ち上がり、金造は錫杖を構える。柔造は素早く手で印を結び、「オン シュチリ キャロハ ウンケン ソワカ !」と唱える。
そして右腕を突き出し人差し指と中指だけを揃えて出して、金造は錫杖を槍投げのように投げる。
「行けキリーーク!!!」
「わっ、」
「きゃああ!!」
「おいやめろ君たち!魔障者じゃないのか!?」
途端に大広間は混乱した。錫杖とナーガが暴れまわり、動けない魔障者や看護の職員たちが悲鳴をあげる。
「柔兄まで…!」
「錫杖は俺が止める、3人は早く印を!」
「頼む一ノ瀬!」
朝祇は近くの木の柱に向かって走る。ちょうど魔障者たちが並ぶ区画の端にあたる。同じく魔障者たちの前で、勝呂たちは印を結んだ。
朝祇は柱に人差し指と中指を揃えてくっつけて唱える。
「上をもって下とするは未だ成らずを成るとすることなり!」
「オン バサラ ギニ ハラ ネンハタナ ソワカ!」
朝祇が唱えると、柱に逆さまの顔が浮かび、枝が生えてくる。その枝によって錫杖は絡め取られ動きを止めた。日本の妖怪として有名な"逆さ柱"だ。生えていた頃と逆さまに立てられた柱の妖怪だが、基本的にどんな柱にでも憑依できる悪魔である。あえて逆さ柱を設けることで建物を未完成とし、建物が完成とともに崩壊を始めるという俗説から守ることを図った時代もあった。
一方勝呂たちの前には円形の結界が浮かび上がり、ナーガの動きが封じられる。後ろでは廉造たちも印を結んで補助に当たる。辺りに沈黙が落ちたところで、勝呂が怒鳴った。
「やめぇ!!味方どうしで何やっとるんや!!敵に狙われとるってときに、内輪揉め起こしとる場合か!」
「うおっ、坊!」
「竜士さま!」
「戻りはったんですか!」
柔造たちは驚くが、蝮はツン、と顔を背けた。
「いくら座主血統とはいえ、竜士さまにそう頭の上から言われても…そういうことは、竜士さまのお父上に直接言うて頂かんとなぁ」
「蝮てめぇ坊に何やその口の聞き方ァ!!」
そんな蝮に金造は声を荒らげるが、勝呂は「いや、蝮の言う通りや」と落ち着いて言った。
とにかくもうやめるよう言い、踵を返してその場を立ち去る。日本支部の大人に指示をあおぎに行くのだろう。廉造たちも急いでついていった。
朝祇は逆さ柱を虚無界に戻し、錫杖を回収して柔造たちのところへ持っていく。
「お久しぶりです、柔造さん、金造さん」
「おっ、朝祇君か、久しぶりやな」
「錫杖サンキューな」
柔造は朗らかに笑い、金造も礼とともに錫杖を受けとる。
「手騎士の才能あるんやなぁ、びっくりしたで」
「竜騎士と医工騎士の勉強もしてるところです」
「げえっ、ようやるなぁ」
勉強が嫌いらしい金造は顔をしかめるが、柔造はうんうん、と頷いて感心する。親戚のお兄さん感を感じた。
「…色々知っとると思うけど。廉造のこと、よろしゅうな」
「…はい」
色々、とは本当に様々な意味を含んでいるんだろう。朝祇は頷いて、少し寂しげな顔をした柔造に会釈だけして勝呂たちのところへ向かった。