京都不浄王編/後編−5


京都市北区、市営地下鉄の終点である国際会館駅や比叡電鉄から離れた山の中、金剛深山はある。
その山の斜面には、明陀宗のかつての総本山である不動峯寺があった。

今やその寺は消滅し、斜面の広大な面積が不浄王に飲まれていた。
不浄王はキノコのような細長いものから丸い気胞のものまで、多様な菌類の特徴を持っており、それが斜面一杯に広まる様はおぞましい。そして、大量の胞子を撒き散らし始めていた。

そんな不浄王の近くで一同は止まった。

出張所を出るとき、携帯で勝呂に連絡があり、シュラから達磨を捜すよう言われていたからだ。不浄王の倒し方を知っているのは、達磨だけである。
まずは達磨を捜すべく、勝呂たちは金剛深山本山近くの森の中で行動を開始した。

やがて本山からは激しい轟音や悪魔の鳴き声が響き始めた。恐らく、出張所や日本支部の祓魔師たちが攻撃を始めたのだろう。


そんな中、出雲が「あれ!」と叫んだ。視線の先にいるのは、達磨和尚。


「おとん!」


勝呂も叫び、全員で駆け寄った。
木の根本に仰向けになった達磨の首もとからは出血の跡があり、かろうじて息はある。
子猫丸はシュラへの連絡を取るため携帯を耳に当てた。
すると、突然光とともに達磨の上に赤い炎が現れた。炎は鳥の形をとり、頭には顔がついている。


「我は迦楼羅の名で明王陀羅尼の座主に仕えし者」


迦楼羅、鳥の姿をした炎の悪魔で、鳳凰や不死鳥とも呼ばれる。明陀宗の座主に代々使えている悪魔だ。


「お、おとんの使い魔なんか!?」

「…だったが、秘密が漏れた今契約は解消された。今は勝呂達磨との個人的な契約を履行中だ」


いったいどういうことか、と思った瞬間、達磨が咳き込みながら意識を取り戻した。


「うっ、私は…」

「おとん!!」

「竜士…!げほっ、子どもらも、なんでこないな所に…」

「助けに来たんや」

「なんちゅう無茶を…」


達磨は何とか起き上がり、身体を木の幹に預けた。それを迦楼羅が諌める。


「傷は癒したが動くのはまだ無理だ達磨」

「迦楼羅か?…えらいちっこくなってまぁ…私もお前も死んだかと思たわ」


そこで達磨は燐に気付いた。目を見開いて声を震わせる。


「燐君!手紙を…読んで、来てくれたんか…」


燐が頷くと、勝呂は身を乗り出す。


「俺も読んだ。ここにおる全員、大体の事情は理解してここまで来たんや。秘密は残らず話してもらう」



***



語られた内容は、事前に黄龍に聞いていたことと大まかにはあまり変わらなかった。
それは、座主だけに伝えられていた真相。

不浄王はこのあとどんどん大きくなり、やがて城のような形状になると一番上にある胞子嚢が弾ける。
それとともに大量の瘴気が溢れだし、江戸時代にはこれによって四万人が命を落とした。
不浄王の弱点である心臓はその胞子嚢の中にあり、弾けない限りは物理攻撃ができない。そのため、莫大な炎による滅却が必要になる。
明陀宗の開祖、不覚は、すでに胞子嚢が破裂した後だったため心臓を2つに切り裂き、右目と左目とできたのだ。

そこで達磨は迦楼羅との間に個人的な契約として刧波焔を借りることにしてあった。刧波焔は契約者が生きてきた年数を炎に変換する術である。
復活が早かったために、達磨は不浄王の成長を遅くするためにその刧波焔のほとんどを使用してしまった。そのため、今現在で不浄王を焼き祓えるのは燐の炎だけなのだ。
達磨が残りの刧波焔を使って瘴気を封じる結界を張り、その間に燐が焚滅する手筈だ。

それを聞いて、燐は俯いた。


「すんません、俺……」

「……いや、当然や、命に関わることさかいな」

「え?いや俺…今、剣抜けなくて」


そんな燐の言葉に、「え?」という全員の声が重なった。まったくの予想外である。


「さっきから抜こうとしてんだけどやっぱだめだ」

「はぁ!?なんでや!!」

「俺もわかんねーけど、どうもメンタル的な問題らしくて…」

「んなことあるんか!?」


どうしても抜けないらしく、燐は悔しそうに謝った。達磨はとりあえず結界だけでも張りに行こうとするが、血を失い過ぎたらしく、よろりと揺らめく。
迦楼羅は呆れたように、勝呂に支えられる達磨を宥めた。


「お前は失血死寸前だった。その身体で結界呪など唱えようものなら、間違いなく死ぬぞ」

「しばらくもてばええ…!私の命より大事なことや…!」


このままでは達磨が自身の命と引き換えに結界を張ってしまう。子猫丸は瘴気によるジャミングでシュラと連絡が取れないようで、大人の意見を求めることもできなさそうだった。


(本当に手だてはないの?)

『結界にも様々あるが、この場にいる者たちですぐにできるものとなると、迦楼羅の刧波焔しかない。我が今すぐに張れるのは、我が憑依している洛中の街の上のみ、金剛深山を覆うことはできぬ』


黄龍にも言われ、朝祇の中にも焦りが生まれる。すると、迦楼羅は「おや?」と勝呂を見やる。


「そういえばお前は達磨の息子か。ならちょうどいい、血が繋がっている者ならば刧波焔を移すことができる」


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