京都不浄王編/後編−6
「あかん!!それだけはあかん!!まだ子どもや、竜士は絶対に巻き込ませへん!!」
達磨はかつてないほどの剣幕で怒鳴った。温厚な人が声を荒らげる様には気迫がある。
「こないな柵は当代で断つて、私はこの命を懸けて誓うたんや!!それだけは…!!」
そうして語るのは、一人息子に刧を背負わせまいとする、父親の決意だった。
中3の頃、よく勝呂は父親が祓魔師にならないこと、勝呂が祓魔師になることに賛同しないことなどをよく愚痴に溢していた。正十字学園への進学を決めたときには、達磨と虎子と大喧嘩の末に家出のように上京したのだ。
なぜ達磨がそこまで頑なだったのか。それは、不浄王という明陀宗の闇を息子に継がせないためだったのだ。
「今まで…そうやって一人で背負い込んで来たんか…」
「は…なに…私が好きでやって来たことや…」
「…そうはさせん!俺も背負う!!その様で文句は言わさへんぞ…!!」
しかし勝呂はそれを許さなかった。燐に対してと同様、家族として、ともに背負うと覚悟した。
「達磨…息子の方が賢明だ」
「…あぁいう子やさかい、関わらせとうなかったんやけどなぁ」
達磨は諦めたように、しかしどこか嬉しそうに、複雑なものを抱えた顔で頷いた。
そして迦楼羅によって刧波焔の継承が行われ、ついで達磨から結界の結び方が勝呂に伝えられた。印や真言を教える達磨と、後ろで正座しながらそれを覚える勝呂。
それを見て、朝祇の横で廉造が呟いた。
「なんや、昔思い出すなぁ」
「昔?」
「まだ小学生の頃。よう坊はおっさまの後ろでお経聞いとったんや。一回聞けば覚えられる言うから、変態やってようからかったわ」
「お前に言われたくなかっただろうな…」
「それしみじみと言うことちゃうやろ!?」
そんなことを話していると、勝呂への簡単なレクチャーは終わったらしい。途端に、達磨は倒れた。
「おとん…!」
息が荒い。もう本当に限界だ。
勝呂は決意を決めたように目を閉じると、すぐに開いて立ち上がる。
「杜山さん、それに神木、ここに残っておとんを頼めるか?」
「う、うん!!」
「…分かった」
しえみは薬草茶を水筒に入れてきたのか準備を始め、出雲も特に楯突くことなく了承した。
「志摩、子猫丸、二人は霧隠先生や明陀宗のみんなに、この話を伝えに行ってくれ」
「坊は?」
「俺は結界を張りに行く。この結界は触地印を中心に広がる…なるべく胞子嚢の近くで展開させな」
「あ、あないなところに行かはる言うんですか!?無茶です!!」
子猫丸は勝呂の指示に頷きながらも、勝呂が不浄王のところへ行くとなると顔色を変えた。すでにここからでも胞子嚢が見えるほどに巨大化している。
珍しく、廉造も「坊、」と硬い声と表情になる。
「今まで親がめんどいから黙って従っとったけど、今回ばかしは話が違うし一言言わせてもらうわ…あんたホンマに死ぬで?」
「大丈夫だ。勝呂は俺が守る」
そこへ、燐が倶利伽羅を肩に担いで勝呂の前に立つ。守る、という言葉に勝呂は「あ"あ"!?」と柄が悪くなる。
「いいだろ!?剣は抜けねーけどちょっとは炎使えるし!何より俺つえーからさ!」
焦ったように言った燐の肩を叩いて、朝祇も勝呂の前に立った。
「俺も行くよ。麒麟に乗った方が早いし、いざってときに避けられる」
「マジか!助かるぜ!…俺らに任せてくれるか?子猫丸」
なぜか燐は子猫丸にだけ聞いた。廉造はナチュラルに省かれて「えー?」と気の抜けた声を出していた。子猫丸は複雑そうな表情で頷き、だっ、と走り出す。
「っ、子猫さん!!あーもう…朝祇!」
廉造は朝祇を置いていくことに後ろ髪引かれるようだった。さっさと行ってもらうためにも、朝祇は素早く唱える。
「吉兆凶兆当たるは件の必然なり」
唱えると、側に人の顔をした牛が光とともに現れた。件(くだん)という妖怪で、吉凶を予言することができる。
「件が俺か廉造に何かあったら互いに知らせてくれる!だからまずは行け!」
「…っ、怪我すんやないで!!」
廉造は渋々といったように子猫丸を追って走り出した。件はのんびりと地面の草を食べ始める。その背を撫でてやってから、今度は麒麟を召喚する。
「黄土が瑞獣、毛蟲が長、冀うを聞くは其の礼徳の大なる故ならずや」
件よりも大きな光を放って、麒麟が現れた。迦楼羅は「おお、」と小さく漏らす。
大きな鹿としての姿で現れた麒麟の首を撫で、不浄王を指差す。
「不浄王が復活した。迦楼羅の力を使って、使役する勝呂が結界を張るから援護したいんだ。良ければ、俺ら三人を乗せてもらってもいいかな」
『そんな律儀に頼むことじゃないのに。主様の頼みなら聞かないわけないでしょ』
麒麟は足を折って屈む。それに股がると、勝呂も少し恐れ多そうにしながらやって来た。
「"俺たち"も行くで!」
「お、おお!」
ちゃんと今度は燐を含んでいる。そんな二人に、背後から弱々しく声がかけられた。
「ホンマ…堪忍や…竜士、不甲斐ない親父を、許したってや…」
「……俺は、おとんの読む経が好きやった。せやから、絶対に死ぬな」
達磨の目から光ったものには気付かなかったふりをして、朝祇は勝呂と燐を麒麟に乗せた。
いよいよ、不浄王のところへと向かう。