京都不浄王編/後編−8
しかし、このあとが問題だ。
燐がいつ剣を抜いて力を出せるか分からないにも関わらず、現状、不浄王を倒せるのは燐の力のみ。
大人たちが結界内の不浄王の端で戦っているが、彼等では勝てない。
燐の処刑を免れるためにも、ここで燐が成果を上げなければならないが、最悪ヴァチカン本部からの応援が必要だ。
出張所まで鍵を直通させたとしても、本部から聖騎士アーサーや四大騎士ライトニングのような祓魔師が来るまでそれなりの時間がかかる。それまで勝呂の結界が持つかといえば、恐らく持たない。
特に、このまま胞子嚢が破裂してしまえば、結界内の瘴気は人の許容範囲を越える。そうなってしまうと、勝呂はもはや結界を維持できなくなるだろう。
(勝呂の結界呪以外に、時間稼ぎする方法は…)
『あるよ、主様。黄龍殿の助けも必要だけど』
そんな内心での呟きに反応した麒麟に詳しく聞こうとした瞬間、近くにぽん、と煙とともに人面牛、件が現れた。
『凶兆!凶兆!凶兆!』
そして鳴き声のように発したのは、廉造たちの危険を表す凶兆の言葉。何かあったのだ。
「…っ、まさか廉造たちの方で件が使われることになるとはね」
「一ノ瀬、ここはええから行ってきてくれへんか?子猫丸が心配や」
「勝呂…分かった、気を付けろよ」
しれっと子猫丸だけを心配する勝呂の肩を叩き、朝祇は件を虚無界に返す。
まずは廉造たちのところへ行かなければならない。
「後で詳しく話してくれ」
『了解』
麒麟にそう言い、岩場から離れさせる。空に躍り出ると、胞子嚢はすでに20階建てビル相当の大きさになっていた。
麒麟と結界から出て、山の東側へ進む。
山の斜面に目を凝らしながら、朝祇は麒麟に先程のことを訊ねた。
「麒麟、さっきの話って?」
『黄龍殿と主様の力を合わせて、五行説のものたち…ここでは僕たち麒麟がそれぞれの定位置について、この街全体を囲える結界を張るんだ』
『まさか、"五神の守り地"か?』
そこに、黄龍が硬い声で口を挟む。頭の中で悪魔同士が会話している状態だ。
『朝祇を介してでは不可能だ』
『主様へ直接憑依するしかないね。術の発動に時間はかからないから、ギリギリ耐えられると思うよ』
『朝祇が悪魔堕ちしかねん』
『主様だって戦おうとしてるんだ。どうせ黄龍殿単体ではこの肥大した街を守ることはできないし、僕たちだけでも同じ。僕たちと黄龍殿、そして主様が揃って初めてできるんだ』
『……朝祇に委ねよう』
苦し紛れに黄龍は言って沈黙した。そして、麒麟から詳細な内容が伝えられる。
五神の守り地とは、都市や国を丸ごと覆える大規模な結界だ。様々な悪魔で行えるが、今回は麒麟とその異種である炎駒や索冥などが行う。
定位置に5体の麒麟がついたあと、朝祇と黄龍の力を合わせて結界を発動させる。その力によって麒麟たちが呼応して結界を構築する。
ここで必要となるのは、黄龍の力を効率的に使うことである。現在、黄龍は京都市街地に憑依しており、朝祇には半憑依、つまり憑依体からさらに憑依している2段階式だ。
このままでは結界に必要な量を出せないため、黄龍は朝祇に完全に憑依する必要がある。そうすると、黄龍という超上級悪魔を憑依させるため、朝祇の体は悪魔堕ちギリギリの状態になってしまう。完全憑依した直後に術が発動し力は吸いとられるため、耐えるべき時間は長くない。とはいえ、危険なことに代わりはなかった。
『どうする?今できるのはこれくらい』
「やるしかないだろ」
『…さすが主様』
朝祇は即決だった。たとえどんな危険だろうと、同じく危険なことをしている勝呂や燐にだけ任せておけない。それに、この街を守ることに、少しでも力を使いたかった。
ちょうどそこで子猫丸と廉造を発見した。山道で胞子に道を塞がれ、胞子と必死に戦っている。
上空からそれに銃弾を撃ち込み祓うと、二人の前に着地した。
「大丈夫?二人とも」
「朝祇!?」
「一ノ瀬君!?いったい…」
「件が教えてくれた。この先はずっとクリアだから、結界が発動した今、先生たちのところまで走ればすぐに着ける」
赤い炎を纏う錫杖を持った廉造と数珠を握り締める子猫丸は、安堵したように息をついた。
「子猫丸、俺はこれから市街地に結界を張ってくるから、廉造借りてってもいい?」
「おん、もちろんや!志摩さん、任せたで!」
子猫丸は元気よく頷くと、走り出す。廉造はそれを見送ったあと、朝祇を見詰めた。
「結界て、何する気なん?」
「…ちょっと、色々大変なんだ。だから、側についてて欲しい」