京都不浄王編/後編−9
麒麟に乗って、朝祇と廉造は洛北の山間から洛中の住宅街へと飛ぶ。その間に、朝祇は結界の概要について説明した。
黄龍を完全に憑依させるという危険な賭けに、廉造は体を強張らせた。
「それ、危なく…ないわけあらへんか」
「正直、すごく危ない。だから、廉造に側にいて欲しいんだ」
「……おん、」
色々と言いたいことはあったようだが、廉造は何も言わず、後ろから抱き締めた。その温もりに、泣きたくなるくらいには安堵した。
しかしそれを耐えて、キッと前を見据える。
麒麟は住宅街の真ん中へと降り立ち、深夜の街灯に照らされた住宅の前に着地する。
千本通仏光寺下ル、朝祇の実家である。
「母さんが寝てると思うから、起きないよう防音にできる?」
『やっておくよ。主様たちは先に行ってて』
母、真由美は寝室で寝ているだろう。結局、今日は挨拶に来なかった。麒麟に任せて二人は家に入り、地下室へと向かう。
「地下室なんてあったんやな」
「先祖の遺した資料が保管されてるんだ。五神の守り地についても記述があったはず」
中国、唐の終わりから江戸時代まで降魔術を行っていた先祖たちの様々な術や悪魔の解説が記されたたくさんの資料を保管しているところだ。
八畳ほどの部屋に大きな棚がいくつも並び、ところ狭しと資料が入っている。
その中の結界呪のところに、目当ての冊子を見つけて取り出す。埃っぽいそれを開いて、古めかしい漢文の羅列の中から探す。
そこに、人型になった麒麟が降りてきた。
「しばらく目が覚めないようにしておいたよ」
「ありがとう。これで合ってる?」
背の高い美形の姿に廉造は驚いていたが、朝祇は時間が惜しいと気にせずに冊子を見せる。
「合ってるよ。あとは、他のやつらを呼び出すだけ。憑依は黄龍殿が教えてくれるから、憑依が終わったらすぐに、この部分を詠唱して」
麒麟が示した行を見て頷く。文字列を見れば、書き下しをしなくても頭に文言が浮かんだ。
「黄龍殿を封じる結界を壊して、それを再利用するから、全体の力の1割はそれで賄える。黄龍殿はどのくらい出せる?」
『5割だ』
「じゃあ残り4割だね。主様、大丈夫そう?」
結界に必要なエネルギーの4割は朝祇自身から出すことになっている。正直、ギリギリだ。恐らく、最悪死ぬ。
それは廉造にも察することができたらしい。廉造は朝祇の肩を抱いて、麒麟を見据えた。
「俺と朝祇で半分ずつ、2割はどうや」
「…そうか、夜魔徳殿を従えているのか。うん、それなら大丈夫だね」
「廉造、」
朝祇は廉造の顔を見上げるが、廉造はふっ、と笑って頬を撫でる。そして、「大丈夫」と囁く。
「一緒に頑張ろうや、朝祇」
「…ありがとう」
廉造は、隣に立ってくれた。一緒に戦ってくれるのだ。それがあまりにも心強い。
その肩に顔を埋めて頷く。そして5秒ほどして、顔を上げた。もう始めなければ。
「青春、朱夏、白秋、玄冬が瑞獣、毛蟲が長、冀うを聞くは其の礼徳の大なる故ならずや」
4体の麒麟たちは、予め麒麟に指示されていたのだろう、市内のあちこちに現れたようだ。感覚でそれを感じると、麒麟も定位置に向かった。
地下室には、朝祇と廉造だけになる。
『…朝祇、その少年に伝えろ。もし朝祇が堕ちそうになったら、夜魔徳を使って祓えと』
「……廉造、黄龍が、もしものときは夜魔徳を使って祓えって」
「おん、分かった」
「でも、多分…いや、絶対大丈夫」
朝祇は、自分に言い聞かせるようにそう言った。耐えてみせる。
そう決意すると、麒麟から準備ができたと頭の中に思念が送られてきた。
いよいよだ。