京都不浄王編/後編−10




『…準備はいいか、朝祇』

「…大丈夫だよ」



朝祇は廉造の腕を掴んで、そのときに備える。廉造はそっと抱き締めてくれた。その姿勢で目をつむると、麒麟たちが旧平安京の端にあたる市街地で黄龍を封じる結界を破壊したのが分かった。地中をその波動が伝わり、黄龍をこの地に封じていた鎖が外れる。

そして、黄龍は京都の街から憑依を1000年振りに解き、朝祇へと憑依を始めた。街中から黄龍が朝祇一人へと集まってくるのだ。その莫大なエネルギーが体内に入ってくると、途端に焼けつくような熱が内臓から沸き上がる。ついで、全身をナイフで刺されるような痛みが走り、膵臓が破裂しそうなほど激痛を持つ。


「っ!?ぐっ、ぅ、ああああっ!!」

「朝祇っ!大丈夫や、俺がおる!!気張れ!!」


目の前の廉造にしがみつき、思いきりその腕を握り締める。痛いだろうに、廉造はまったくその素振りを見せず朝祇を支える。
やがて足がガクガクと震え、地面が真っ直ぐに感じられないほどの目眩に襲われる。自力で立てなくなり、すがりつくように廉造に体重をかけてずるずるとしゃがみこんだ。


「はぁっ、はぁっ、ぐっ!、ぅうっ、ぅあああっ!!」

「朝祇、朝祇、大丈夫やで…全部、苦しいんは全部、俺にぶつけてまえ」

「はぁっ、ぅぐっ、れ、んぞぉ…っ!!」

「息を吸うんや、朝祇、絶対俺が助けるさかい、頑張れるだけ頑張り、」


朝祇とともにしゃがんだ廉造にしがみつき、その肩口に顔を埋める。背中を擦るのに合わせて息を吸うが、呼吸する度に肺に激痛が走った。体がバラバラになりそうな感覚に恐怖が沸き上がる。
もうやめてしまえ、こんなの死んでしまう、そこまでする必要あるのか、そんな気持ちまで出てきた。しかし、廉造は繰り返し名前を呼んで支えてくれた。何度も何度も。


『主様!頑張って〜!!いけるよ!!』

『主様なら大丈夫だ』

『あともう少しです、辛抱してください』

『主様なら耐えられんだろ、俺たちを下したんだからな』

『頑張って主様!あと少しだから!!』


離れたところから、聳弧、索冥、角端、炎駒、麒麟も語りかけてくる。口々に励ましてくれていた。
そうだ、こんなことで挫けている場合ではない。

朝祇は踏ん張ると、意識をしっかりと持って廉造にもたれ掛かった。体を支えることはできないが、その代わり意識を保つことはできる。

そうやって廉造に頭を預ける形で俯くと、服の隙間から肌を這う模様がどんどん膵臓に向かって消えていくのが見えた。袖を捲った左腕を見れば、漢字の羅列や線が消えている。1年ぶりの完全な素肌だ。
模様が消えていくのに伴って、膵臓がいよいよ苦しくなる。思わずそこを押さえると、心臓を押さえているのかと勘違いした廉造が背中を摩ってくれた。

そして、ついに全ての模様が消えると、膵臓の上の肌、左胸の下の辺りが猛烈に熱を持ち、ジンジンと痛む。思わず呻いてボタンを外すと、下着のタンクトップの下で膵臓の上の皮膚に太極図が現れているのが分かった。
そこから、黄色い線が植物のように小刻みに曲線を描きながら皮膚を上に上がっていく。新たに現れた線は熱を持っており、火傷のようなひきつる感覚もあった。
黄色い線は左胸を通って鎖骨へと至る。その間に、線から赤、青、白、黒の線がカーブを描きながら分岐する。唐草模様のようだ。
分岐してもくるりと途切れるだけで全身に広がることはないが、どんどん上には伸びてくる。
やがて鎖骨から首筋を通って顔にまで達すると、もう自分では見えなくなった。しかし熱の感覚からして、左頬を通って左目に至り、左目に激痛が走る。


「ぐぁあっ!!」

「っ、今度は目かい…!」


目を押さえた朝祇の肩を抱き、廉造はもどかしそうにした。支えてくれているだけで十分なのだが。
やがて線は目を通り越して額を縦断して止まったようだ。熱はだんだんと冷めていき、痛みも引いていく。


『……よく耐えた、朝祇。憑依は終わった。本当に、よく頑張った』


黄龍の、いつもより優しげな声が頭に響く。
それとともに顔を上げると、様子からして終わったのだと気付いた廉造が心配そうに覗きこみ、そして驚いて目を見開いた。


「朝祇、目が…」

「……?」


どうなっているのか分からずにいると、廉造は携帯を自撮りモードにして差し出す。するとそこには、カラフルな唐草模様の線が真っ直ぐ膵臓から左目の上の額まで伸び、左目が黄色くなっている自分の姿が写った。


「うわ、オッドアイってやつか」

「大丈夫、なん?」

「…大丈夫。ありがとう、廉造」

「…おん、せやけど、まだ終わりやないで」


朝祇は頷いて、冊子を手に取る。結界はこれからだ。


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