島根イルミナティ編/前編−3
見渡す限り広大な稲穂が広がる田園地帯。
空港を出てから一行は、交通機関が出払ってしまっているため徒歩で稲生大社へと向かっていた。風が吹くとさらさらと稲穂がさざめく。
とてものどかで素敵な風景なのだが、いかんせん道が合っているのか分からない。
「ちょっと道を聞いてきます」
同じことを思ったらしい雪男は、近くの農夫に道を訊ねるために畦道に入っていった。候補生組は立ち止まって待機となる。
すると突然、燐がだっと駆け出した。
「くっれーぞ勝呂ォ!!」
そう言うなり、燐は見事な飛び蹴りを勝呂の背中にかまし、勝呂は吹き飛ばされゴロゴロと転がった。しっかりと受け身は取っていたが、痛そうだ。
「そんなんじゃ誰も助けらんねーぞ!!」
「……うるさい、俺はお前らとは違う!!!」
燐の突拍子もない行動に振り回される勝呂はいつものことだ。だが、今回ばかりは、勝呂の目は本気の苛立ちを宿していた。
それに対し燐は、冷静に見据える。
「お前って、いっつもすぐ怒るよな」
「……俺にとってあいつは、家族なんや…もしものときは、あいつを殺して、俺も死ぬ…!」
「ぶっ、あーはっはっ!!!」
「なっ、俺は真剣やぞ!!」
絞り出すように言った勝呂を、意外にも燐はゲラゲラと笑った。それに勝呂はなおも怒鳴るが、燐は笑いを口許に湛えたまま、しかし優しげに言葉を続けた。
「…さすが勝呂だ」
「あ…!?」
「俺のときもそーだったもんな」
俺のとき、とは不浄王のときのことだろう。燐がサタンの息子であることを理由に嫌っていたのではなく、それを言ってくれなかったことに仲間として怒っていたのだ。
「…でも今思ってみりゃ結局、みんな俺のこと諦めないで食らいついてきてくれたんだ」
勝呂だけではない。なんだかんだ、みんな燐のために監獄へヴァチカンに背いて向かったのだ。もちろん、朝祇もそうだった。
「怒ってくれる人間がいるってありがてーよ。志摩にだって多分、そーゆーやつが必要だ。だからお前はそうでなくちゃ」
朝祇は廉造のことなら何でも受け入れてしまう。廉造が求め続けるものはそういう存在だった。しかし、勝呂のように"真っ当な"ことを怒ってくれる人間だって、やはり必要で。燐はそれを直感していた。
「お前には、ホンマに…」
「お?お?泣くのか?俺の名言響いちゃった?照れんな〜」
ニヤニヤと煽る燐に、勝呂は思いきり拳を振りかぶる。燐もそれを受け止めようと手をかざした。
「んなわけあるかボケェ!!志摩め八裂きにしたるぁ!!!」
「おお勝呂やっとチョーシ出てきたな!」
勝呂の重いパンチを難なく燐は受け止め、パシィン!!という軽快な音が響き渡った。まさかこれを廉造にかます予定なのだろうか、と思うとえげつなくも思えた。まぁ、それくらいは勝呂にも許されるだろう。
***
それから40分は歩いただろう、田園地帯を進むとついに目的地に辿り着いた。
巨大な鳥居が参道にいくつか並び、参道には飲食店が軒を連ねる。その合間を大勢の人々がひしめいていた。
おきつね横町、という大規模な商店街だ。
ここだけ人で埋め尽くされている様は異様にも見える。
雪男はメフィストの指示を電話で仰いだらしく、歩き疲れて休憩する面々に向き直る。
「フェレス卿からはこの周辺を調査するようにと…ん!?宝君はどこへ…」
「また気ィついたらおりませんでしたわ、あの野郎」
「仕方ない、それなら僕達だけで周囲を聞き込みしましょう」
いつの間にかいなくなっていた宝はいつものように放っておき、雪男以下候補生たちでの横町の調査を開始することになった。
さっそく、近くで楽しげに何度も参拝していることを話している老人と老婦に雪男が話し掛ける。
「あの、すみません。ここはそんなに楽しいところなんですか?僕達初めてで…」
すると2人はずい、と雪男に詰め寄るように喜々として語り始めた。その顔には満面の笑みが常に浮かんでいる。
「あらぁ初めてなのね!ここはね、食物神、豊宇気毘売命(トヨウケビメ)様たちをお祀りしてるの!貴方たちも早く大社をお参りするといいわ!人生が豊かになるわよぉ!!」
「その前にここおきつね横町は外せないよ!ここの食べ物は島根の地物を使って作られててそりゃあもぉ美味いんだ!特に稲生そばは食べた方がいい!オススメだよ!!」
「あ、はい、了解しました」
ニコニコとする2人に戸惑いながら礼を言い、雪男は候補生たちを横町に連れていく。なんか変な人達だな、と漠然と思った。