島根イルミナティ編/前編−5
そんな出雲に声をかけたのは、吉田マリアというイルミナティの女性研究員。マリアは殺生石から九尾の力を取り出すことで、悪魔と人間の垣根をなくす取り組みを促進しようというプロジェクトに関わっていた。上層部はともかく、末端のマリアは本心で出雲たちを助け、人類の光明を担いたいと考えていたのだろう。
そんな中、外腹の子という面倒なものを抱えていた宮司は、玉雲に子供の話をするなら会わないと宣告した。それにより、玉雲は次第に家へと帰らなくなり、務めもしなくなっていった。
やがてついに、玉雲は九尾に付け入られ、完全に憑依されてしまったのだ。
玉雲は宮司とその一家を殺害し、何人かの神官も殺すと、 出雲と月雲も手にかけようとした。ミケたちによって何とか逃れた出雲はマリアを頼り、騎士團が事態に気づく前にイルミナティが神木家を回収した。
確かに騎士團なら祓魔を行い玉雲を殺しただろう。マリアはそれを防ぐために保護するとも言ったし、そうなるのだと思っていた。
しかし実際には、稲生に設けられたイルミナティの研究所において玉雲は九尾の力を利用するための道具として何度も人体実験に使われ、死よりも惨いことを繰り返された。出雲と月雲は、研究所で玉雲の代用品として"保存"されていたのである。
『これが我に話せる全て』
「つまり、神木さんはお母さんの代わりとしてイルミナティに連れ戻された…?」
全員、想像を絶する出雲の過去に言葉を失った。朝祇とて、そこまでは知らなかったため、凄惨な事実に絶句する。廉造がメフィストのスパイとしてイルミナティで活動していることを知らなければ、きっと疑ってしまっただろう。
「話に出てきたイルミナティの研究所、場所は分かりますか?」
『奴らはこの土地を地下から侵している。案内してやる』
「よし、何か小難しい話は終わったか?」
すると燐は立ちあがりながらそんな反応を示した。雪男は聞いていなかったのか責めるが、燐はまったく動じない。
「聞いてたよ、多少はな。…2人助けて帰ってくるってことだろ?」
それは単純な言葉だったが、何よりも真実だった。雪男は頷くと、隊長として次の小目標を発表する。
「至急、地下研究所入口を探しましょう!」
目的地としてミケが示したのは、あの稲生ゆめタウンだった。どうやらイルミナティはそこから出入りしているらしい。
『あのなかに、この横町で腑抜けにした人間どもを集めておるのだ』
展望台から降りながら話を聞いていると、ミケはそんなことを言った。夜になっても人通りは絶えない横町を大社方面に向かう。
「どういうことです?」
『ここの人間たちをよく見てみろ。怒りも悲しみも、恐れも妬みも憎しみも苦しみもない。無邪気な餓鬼のようにただ食い物を貪る』
確かに、人々は手に手に食べ物を持ち、横町には飲食店しか並んでいない。そして人々の顔には、揃って笑顔しか浮かんでいないのだ。異様だと感じたのは合っていたようだ。
『この土地のものを一口でも飲み食いすると皆ああなる。この横町は奴らの縄張りだ、気をつけろ。食えば食うほど虜になるからな』
ミケの言葉に、全員の目線が燐に向く。饅頭をモサモサと食べている燐はきょとんとしていた。
「吐けゴルァ!!」
「燐もう食べちゃだめ!」
勝呂としえみが急いで饅頭を引ったくると、燐が勿体無いと怒り出す。それを横目に、子猫丸が震えた。
「…というか、僕たちも食べましたよね…?蕎麦」
実は、分かれて調査する前に全員で稲生蕎麦を食べてしまったのだ。美味しくて満足だったのだが、これはアウトなのではないか。
『お前たちは薬草系の魔除けが効いている』
「魔除け…?そんなもの…」
そこで思い出されるのは、飛行機で食べたしえみの草サンドである。体にいいとは言っていたが、まさか魔除けの効力まであったとは。
(…だから言ってくれなかったの、黄龍)
『あぁ。言っても同じだからな』
(気分てのがさぁ…まぁ、いいけど)
横町の外れまで歩くと、途端に人混みは絶える。その一画にあるバス停から、ちょうどバスがニコニコ顔の人々を乗せて走り出す。
『食い物でこの地の虜となった者は最後、皆バスに乗ってあの宮殿へ行く。…そして二度と戻らない』
ゆめタウン稲生へと向かうバスは、暗い山道へと進んでいく。その先に待つのは、間違っても夢ある場所などではないのである。