島根イルミナティ編/後編−7




「父さん…?これが…?」


邂逅したときに何となく察したが、それでも朝祇は信じることができなかった。目の前の異形の怪物は、奇声を発しながらもたまに名前を呼んでくる。

そこへ、爆発とともに天井が開き、何やら放送が始まった。爆発は燐によるものだろう。
放送で喋る男は外道院ミハエルといい、この研究所の所長なのだそうだ。そして、外道院は確かに、これが朝祇の元父親、女郎花高志なのだと言っていた。


『なんと残酷な…朝祇、気を確かに持て!』


黄龍が呼び掛けてくれるが、頭が働かない。突然のことに、思考が回らなかった。なぜ、なぜ、そればかりがぐるぐるとしていた。


すると、いきなりキメラゾンビの体の表面が波打ち始めた。すぐに体が大きくなり、体中についた目や口から血が垂れ流される。


「オ"オ"、ァ"アア"ァア"!!」


そして、苦痛の呻き声を発しながらキメラゾンビは大きくなっていき、部屋の壁面や天井を破壊して飲み込んでいく。エネルギーを求めて膨張していく、インフレゾンビと化したのだ。
苦しいのだろう。痛いのだろう。その呻きは悲鳴のようでもあった。


「ァア"ァ…に、ィイげ、ろォ、ォオ"」


しかしそれでも、朝祇の方へは拡大しようとせず、必死に堪えているようだった。そして、逃げろ、と、確かに言った。
かつて真由美と朝祇を捨てて、他の女と家庭を持った父、高志を憎んだこともあった。だが、こんな目に遭って欲しいと思ったことはなかったし、その必要もないはずだった。


「…せめて、楽に、」

『どうするつもりだ?』

「…、脳幹を何度も撃ち抜くしか…」

『…まったく、我に任せろ』

「え、でも、」

『そんなことをお前にやらせるわけがないだろう。とりあえず麒麟を呼び出せ』


黄龍は少しぶっきらぼうに、しかし優しく言った。朝祇に父親殺しをさせる気はないのだ。
他に方法も思い付かず、朝祇は従うことにした。情けない、と思ってしまったが、黄龍の優しさが嬉しくもあった。


「黄土が瑞獣、毛蟲が長、冀うを聞くは其の礼徳の大なる故ならずや」


唱えれば、眩い光とともに麒麟が現れる。黄龍はすぐに麒麟に作戦を伝える。


『あれは人体実験によってゾンビと化した朝祇の父親だ』

『…誰がこんな惨いことを。主様、殺しに行こうか?』

『待て、まずは我等で彼を土に還す。力を貸せ』

『…分かった、主様にそんなことさせられないからね』


頭の中でそう話すと、朝祇は黄龍に従って触地印を結ぶ。麒麟も前足を翳し、インフレゾンビを見据える。その瞳には、優しい憐憫が見てとれた。
その直後、インフレゾンビは床や壁に触れているところから急速に壊死し始めた。土に還す、とは文字通り、分裂し続ける細胞を一斉に破壊し生分解させていくことで無機物へと変えていくのだ。
相当体積が膨れ上がったため、死滅させるべき細胞が多く、かなり力を使う。
だがインフレゾンビは、徐々に苦痛の声を小さくしていった。


そこへ、天井の穴から塾生たちが覗きこんだ。


「一ノ瀬!大丈夫か!」

「一ノ瀬君助けに来たで!」

「大丈夫?一ノ瀬君!」

「大丈夫ですか一ノ瀬君!」


勝呂、子猫丸、しえみ、雪男と駆け付けて来てくれたらしい。4人は中を見て、土の山となったインフレゾンビに驚いていた。
頭部だけがまだ分解中で、細胞が多く時間がかかっていた。


「みんな…無事で良かった」

「一ノ瀬君こそ、何よりです」


ホッと胸を撫で下ろす雪男。恐らく、あの外道院の放送で何が起きていたのか知っているのだろう。心配をかけてしまった。
突然で、しかも突飛なことだったからだろうか、朝祇は悲しみに暮れる、というような心境ではない。ただ、頭と体が分かれているような、そんな感覚がしていた。


「ア"、ア"ァ…む、ず、ごォを…た、の…ォオ"…む…」


もう頭部も壊死しきる、というところで、そうインフレゾンビは言った。
息子を頼む。誰を意図しているかなど一目瞭然で。
しえみは息を飲んで手で口元を覆うと、ぐす、と鼻を鳴らして真っ先に頷いた。そして、勝呂はそれを聞くなり飛び降りて室内に入り、ゾンビに手を当て、数珠をつけた左手を顔の前に掲げる。


「任しとき。あんたは、ゆっくり休んでくれ。…南無阿彌陀仏 法華成仏偈 願以此功徳 普及於一切 我等興衆生 皆供成仏道」


唱えてくれたのは、簡単なお経だった。それを聞いて、ゾンビはゆっくりと目を閉じる。

そして、完全にすべての細胞が生分解され、土へと還っていった。


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