すぐそばで−4
殴るのかと思えば、勝呂は廉造を力強く抱き締めた。
「無事やったか…!!」
そして、胸ぐらを掴んだまま体を離し、至近距離で目を合わせる。その言葉に、ようやく朝祇にとっても、同じ空間に廉造がいるのだと認識された。なぜここにいるのかは分からない。だが、ここにいることが重要だった。
「どんだけ…俺たちが心配したと思っとるんや!!許したる…せやから、今ここで本心を言え!!」
「そうよ…あんたはウケとミケを殺したように見せかけて生かしてくれてた。何かそれなりの理由があったんでしょ…?話してよ!!」
朝祇を除き、勝呂たちにとって気掛かりだったのは、廉造の意図だ。なぜ二重スパイを引き受けようと思ったのか。何が目的なのか。出雲も立ち上がって、怒るのではなく、切実そうに言った。
出雲の使い魔は、一度廉造によって消されたが、実際は殺されていなかったのだという。
それに対し廉造は、目を逸らして考えあぐねる。どうやら素直に言う気はないらしい。
「だから…こーゆーのがもうめんどいってゆーか…つまりあれです、第二次反抗期ってやつです」
「は、反抗期…?」
「そうです。坊、納得してくれましたか…」
第二次反抗期。いわゆる思春期である。はぐらかし、あまつさえ面倒だと露骨に言う廉造に、勝呂はそっと手を離す。
かと思うと、突如としてその頑強な頭を廉造の頭に打ち付けた。廉造は一瞬白目を向いて無言になると、遅れて額を押えて仰け反った。
「ぎゃぁああああ!!!」
「んなカスみたいな理由で納得できるか…!」
それに燐はハッとすると、勝呂の肩を慌てて掴む。
「勝呂待て!まさかお前も死ぬつもりか!?」
稲生大社に着く前、田舎道で勝呂を燐が煽ったときのことだろう。廉造を殺して自分も死ぬ、と言った勝呂を燐は笑い飛ばした。
今ここでそれが本当になるのではと思ったようだ。
「誰がこないなカスのために死ぬかカスがッ!!!!」
「ぶほぁっ!!??」
「あ、じゃあいーや」
勝呂は続けざまにアッパーをお見舞いした。廉造は空中へとぶちあげられ、宙を舞って出雲へと落下する。そこには、白狐を従える出雲の姿。
「たまゆら(カス)の祓い!!」
「ぐっふ!!ガハァッ!!」
今確実にたまゆらと書いてカスと読んでいた。
白狐の技にかけられ廉造は再び空中に投げ出され、勢いよく床に叩き付けられる。
そこへ、子猫丸が箒でゴミを掃くようにサッと廉造を転がし、壁へと打ち付ける。もはや言葉はなかった。
「ごほっ!あ、あかん、マジで…こ、殺される…!!」
「…ったくしかたねーな、助けてやるよ」
今度は燐が近寄り、そんなことを言った。廉造は顔を上げて涙目になるが、燐の調子は変わらない。
「そんじゃ、とりあえずパンツ一丁になっとくか?」
「へ?」
「パンツ一丁になりゃ皆の気も収まるって」
燐は両手に青い炎を揺らめかす。
「いや、ちょ、まっ、」
「てぇい」
「きゃあああ!」
その青い炎は、一瞬で廉造の制服を燃やし尽くし、衝撃で壁際の本棚から本が落ちて廉造を直撃する。さすがにまずいと思ったのか、しえみが駆け寄った。
「みんな待って!死んじゃう!」
「うう…杜山さん…天使や…」
しえみは助け起こそうと廉造の側に来るが、廉造が起き上がると、顔を真っ赤にして拳を両手で握り締め、垂直に脳天に突き落とした。
「いやぁあああ!!」
「はぐんッ」
奇声とともに、ついに廉造は倒れ付した。どうやら全裸になっていたらしい。燐は「失敗した」と軽く謝る。
するとそこに、小さな犬が現れた。それはボン、という音と煙によって、人の姿となる。メフィストだ。
「こらこら、これ以上苛めるのはやめてあげてください」
「メフィスト!?」
燐は驚くと、急いで詰め寄る。聞きたいことは全員にあるだろう。しかし、メフィストはそれを制した。
「ストップ。至急戻らねば。ヴァチカンからの厄介な客人を待たせているのです。あなたも起きなさい」
メフィストは指を鳴らすと、廉造の制服を元通りにした。全員が何かを言う前に、メフィストは「アイン、ツヴァイ、」とカウントを始める。
そしてその直後、一瞬で周りの風景が豪奢な執務室に切り替わっていた。