すぐそばで−10
執務室に入ると、もうそこにはメフィストしかいなかった。少し疲れたように椅子に座っている。
「…珍しいですね、そういう感じ」
「苦手なんですよ、ライトニング」
苦手なものがあるとは驚きだ。まぁ、現に疑われているのだから仕方ないのかもしれないが。
「それで、ご用件は?」
「…まずはお礼を言おうと思いましてね。あなたが志摩君との関係を秘密にしてくれたことに」
「あぁ…そこはお互い様でしょう」
朝祇が喋ったとき、嘘はつかなかったが、話を省くフリをして隠した部分があった。それは、廉造との関係だ。ライトニングに知られるのは面倒なため、黙っていた。
もし知られてしまえば、朝祇は廉造とともに監視されかねない。そうなれば自由に動けなくなってしまうのだ。
先程、最初にメフィストが大局的なゲームをしていると気付いたのが遊園地での任務だったと言ったが、その段階ではすでにそれを知っていた。燐を試そうとしていたことはそこで初めて知ったため、微妙に「初めて」が指す内容を変えたのだ。
実際にメフィストが何かを企んでいることを知ったのは、4月の入寮のときである。スパイをする廉造の居場所を 騎士團に確保することを、黄龍を通じて知った燐の存在を使って取引のように持ち掛けたときだ。そのときにメフィストは、ゲームをしているのだと言った。ただ、これを話してしまうと廉造との関係も明るみに出る。そのため、この件は先程言わなかった。
ちなみに、元より廉造の利用価値を把握していたメフィストは朝祇の要求を飲んでくれたが、今や朝祇だけが持ちうる秘密などない。
しかし、朝祇そのものが今は重要なポイントとなっており、おいそれと朝祇、引いては廉造を使い捨てることもできない。朝祇がイルミナティに渡れば、サタンの器の確保を間違いなく促進してしまうからだ。
「あなたが私についてくれる以上、あなたが自由に動けることが互いにとって利益が最大化されますからね」
そして朝祇が自由に動けなければならない理由。それは、事実上メフィストの側に立っているため、いざというときにメフィストが自由に動かせる駒でなければならないからだ。
そもそも廉造はメフィスト直属の駒であり、その進退を最大の関心とする朝祇はメフィストに首もとを狙われているも同然だ。しかし同様に、イルミナティのことや、黄龍の力を利用してヴァチカンにスパイとして使われる可能性がある朝祇の存在もまた、メフィストにとって脅威なのだ。
そんな朝祇が、メフィストやヴァチカンに直属せず、自身の損得だけで考えて動ける状態であることがメフィストには肝要である。先程言った通り、朝祇は駒として使われることは逆に情報として損得勘定をしやすいと考えている。それを知っているメフィストは、常に朝祇に得を与えることで繋ぎ止めておける。
当然朝祇にとっても好きに動けることは楽で、いざというときにイエローストーンのように何もかもを裏切れるため重要である。
つまり、メフィストと朝祇は、互いに互いが脅威であり重要な存在という関係で、損得という至極分かりやすいことでその関係性を良好に保っておけるということだ。
だから一ミリでもライトニングに疑われるのは不味かったし、ヴァチカンにつくわけにも行かなかった。
「ただ、そろそろあなたが私を裏切らない確証が欲しいんですよね。ライトニングは日本に居座るでしょうし」
「…あなたが廉造を悪いようにしなければ、基本はメフィストさんにつきますよ。だって、あなたが1番、敵に回して勝てる確率が低いんですから。悪魔だし」
「もし私があなた方2人を切り捨て、イルミナティからも騎士團からも狙われたらどうするんです?」
「イエローストーンって噴火すると50億人くらい死ぬんですよ。喜界カルデラも噴火すると日本の死者は1億人です」
「なるほど、死ぬなら世界を道連れにするわけですね。…あなたが1番危険な気がしてきましたよ」
冗談混じりにメフィストは笑う。単純明快な手段だが、だからこそ、打つ手がない。そんな小学生みたいな戦略を実行できてしまう候補生の存在が面白いのだという。
「大丈夫ですよ。だって、お互いこの世界が好きなんでしょう?」
「ええ、その通りです。まぁそれを言ったらライトニングも仲間ですがね」
「げっ、その2人と並ぶのきついな…」
「失礼ですね!?…まぁいいでしょう、面白いあなたに免じてそこの扉を寮に繋げておきました」
「どうも。じゃあ失礼します」
ピエロとの会話は疲れる。だが、それで廉造が守れるなら何でもいいのだ。