変わらないもの−4
確かに、勝呂の指摘はもっともだ。廉造も燐も、さすがに普段は言わないであろうことが駄々もれになっている。さっと近くに目を走らせると、壁の上部の開いた部分に、こそこそと動く影を見つけた。
それは、目と、耳と、口を塞ぐ猿。
「あれは…三猿鬼(スリーワイズモンキー)だ!」
朝祇が指差すと、子猫丸たちも驚いて視線を辿った。
三猿鬼とは、世界のさまざまな『見ざる言わざる聞かざる』ことを説く置物に憑依する悪魔で、近付いた者の心理を『見たい言いたい聞きたい』状態にしてしまう力を持つ。
「しえみは俺のもんだ!!」
青い炎を纏って叫ぶ燐に、その効力の凄まじさを痛感した勝呂たちはぞっとした。本当に嫌な力だ。
「そっちがその気なら最終手段や!」
「うわ、あいつ壁壊し始めやがった…」
廉造はついに錫杖に黒い炎を槍状に纏わせて、壁を破壊し始めた。燐はそれを防ごうと廉造に攻撃をしかける。
戦闘状態になった2人を止めないと壁が壊れてしまうが、近付けば三猿鬼の影響を受けてしまうため、全員躊躇ってしまう。
すると、勝呂がビシッと人差し指を突き付けて、三猿鬼を睨み付ける。
「視ること勿れ聴くこと勿れ言うこと勿れ。礼にあらざれば、己に克ちて礼に複るを仁と成すなり」
勝呂の詠唱を聞くと、三猿鬼は悲鳴をあげて逃げていった。同時に、燐と廉造はハッと目覚め、廉造はお湯に倒れ伏す。ほとんどお湯がなくなっていて溺れはしなさそうだ。
「助かりました勝呂く…」
雪男がホッと胸を一撫でした、そのとき。
ガラガラと音を立てて壁が崩壊した。その向こうには、咄嗟に湯に沈む女子たちと、臨戦態勢になるシュラの姿があった。
***
シュラの制裁をなぜか燐が受け、とりあえず男子たちは風呂を上がった。脱衣場で、それぞれジャージやシャツの姿になり、雪男が壁のことをスタッフと話している間に他は牛乳を飲んで休んでいた。
朝祇は長椅子に座り、廉造の頭を膝に乗せてやって逆上せた廉造を介抱していた。とはいっても、膝枕した廉造を団扇で扇ぐだけだが。勝呂たちは思い思いの場所に座っていた。
「はぁ〜、余計に疲れてもうたわ…」
「ほんとそれ」
「消えたい…わたあめとかになりたい…」
「お前の本音なんて聞いたところで今更やろ」
疲れた様子の子猫丸に朝祇が同意すると、落ち込む燐に勝呂がフォローのようなフォローでないような言葉を投げ掛ける。
「…それに、こいつの煩悩が相変わらずで少しホッとしとわ」
「坊…僕、案外志摩さんの言うことに嘘はないんやないかな、て思うんです」
そんな廉造の相変わらずな本音を聞いたからかどうかは分からない。だが、子猫丸のその言葉に、勝呂は静かに「そうか」と頷いた。
「俺もそうだけどさ、廉造は隠しはするけど、嘘はあんまつかないよね」
「確かに、一ノ瀬君も志摩さんもそういう意味では同じやなぁ」
「もうなんかお前が何知っとっても驚かんわ」
廉造も朝祇も、極力嘘はつかない。ただ、真実を隠すのだ。いかに真実に触れずに誤魔化すか、そんなことをいつも考えている。
「俺ももう、あらかた秘密にしてたことは公開されたよ。てか俺自身の秘密ってないしね」
「志摩と交際しとることくらいやろ」
「あー…それは杜山さんと神木さんは知らないね。宝君以外の男子は知ってるよ」
「奥村君もやっぱ知っとったんやね」
「奥村先生も知ってる」
勝呂たちは、いつの間にか離れたベンチに座る奥村兄弟をちらりと見る。燐はちょくちょく、朝祇たちの関係を知っていることを前提にしたことを言っていたため、薄々子猫丸たちも感付いていたようだ。
「あぁ、でも…母さんも知らないな」
そういえばまだ、母・真由美には言っていない。京都で一瞬だけ挨拶したが、そのときは本当に少ししか時間がなく、そんな重いことは話せなかった。
あれ、そういえば、と朝祇はふと思い至る。
他にも真由美に言わなければならないことがなかっただろうか。