逃げない−4
また、あの暗闇にいた。
学校で意識をなくしてから、朝祇は棗が1本だけ立つ闇の空間にいた。この棗も、黄龍が象徴する五果というもののひとつだ。
「……黄龍、」
『なんだ』
「ありがとう、助けてくれて」
『見かねたまでだ』
「うん…助かった」
朝祇が力を発動したつもりはないけれど、その気持ちに応じて黄龍は力を発現させてくれた。しかも、あんなにも大規模な形で。
『あの餓鬼どもは力を拝借しただけで、怪我はさせていない。しばらく意識が朦朧とするだろうがな』
「…、黄龍はさ、人間のこと、好きでいてくれてるんだな」
決して殺すことはしない。あの男子たちにも、未遂だったことの恩赦があったんだろう。朝祇も、こんなことで人生を棒に振って欲しくはなかった。
『…お主に否定しても、意味のないことなのだろうな』
「はは、結構分かりやすいよ」
『自分のことは気付けないというに』
「っ、うるせー…」
確実に、廉造への恋心に気付いたのがあいつらに犯される直前だったことを言っている。黄龍には朝祇の思考も感情も駄々漏れなのだ。
『後悔するぞ。伝えるべきときに伝えぬことは』
「うん…そうだね」
それは、はっきりと実感した。もう、あんな思いはしたくない。だから、伝えよう。どう反応されるか分からないし怖いけれど、どうせもっと大きなことを言うつもりだったのだ。
「黄龍、俺、お前のことも好きだよ」
『……早く行け』
夢の中なのに、急速に意識が遠退くような感覚。言えるときに言ったつもりだが、強制的に起こされてしまう。照れたかな、なんて思いながら、瞼を開いた。
目覚めると、脇に廉造が座っていた。畳の匂いと柔らかい布団、和室。どこか分からないが、廉造がいるなら大丈夫だろう。
右手の温もりに気付くと、廉造が手を握っていた。それに胸が暖かくなった。
「……志摩、」
朝祇の掠れた声を聞いた瞬間、廉造ははっとこちらを見た。一瞬泣きそうになり、顔を寄せてくる。
「一ノ瀬君!!大丈夫なん?痛いとこあらへん??」
「大丈夫……ここは?」
「ここは、この前話した正十字騎士團の京都出張所や。君に来てもらお思っとったとこ」
つまり、本来ここで黄龍の祓魔と記憶の消去を行う予定だったということだ。ちょうどいい、言うことはたくさんある。
周りを見渡すと、和室には他に誰もいないようだった。
「…志摩、あのさ」
「一ノ瀬君、あんな」
被った。間が空いて、再び「あのさ」「あんな」
「いや、遠慮しろよ」
「こっちのセリフやねんけど」
2人揃って主張する気しかないあたり、似た者同士ということだろうか。大変なことを伝える前だというのに、笑えてしまった。
「くっ…はは、」
「…っ、ぷふ…っ!」
廉造も同じで、しばしクスクスと笑いが漏れる。こんなしょうもないことを言い合えるのが、本当に楽しかった。
それだけで、救われたのだ。
「…志摩。好きだ。もちろん、恋愛として」
だから、そのままその気持ちに従って言葉を紡いだ。心の中からするりと抜け出してきたかのように、自然に。
「…へ……」
廉造は驚いたようで、ぽかんとしている。そりゃそうだ、突然同性に告白されたのだから。
「気持ち悪いって思うかもしれないけど。でも、伝えたかったんだ。あいつらに襲われたときに気付いたんだけど…志摩じゃないと嫌だって思った」
「ほ、ホンマなん…?」
「本当だよ。だから…俺、志摩のこと、忘れたくなっ、っ!?」
言い切る前に、思いきり衝撃が走った。横たわる朝祇に、廉造が抱き付いてきたのだ。頭と上体を軽く持ち上げられるようにして、廉造の腕に抱き締められる。
廉造の胸元に顔を押し付けられて、優しい温もりと安心する香りに包まれた。
「俺も、俺もや、一ノ瀬君…!!」
「え……?」
「俺も、君が、好きや。ずぅーっと一緒におりたいねん…!」
そして、廉造が絞るように出した声は、はっきりと同じ気持ちを示していた。
同じ、好きという気持ちを。
「ほ、んとか…?」
「ホンマのホンマや!!」
「だっ、て、俺に話し掛けたの、この模様が見えてたからだろ…?」
「最初はそうやった、せやけど、もっと早う会うとればなぁ、って思うたし、君とおる時間が大事になって…離れとうないって思うようになってん」
「い、いのか…?俺なんかで、」
「君がええんや」
信じられないような気持ちだ。勝呂から危険因子を排除するために近付いてきたのだと思っていたから、同じベクトルが向いていようとは夢にも思わなかった。じわり、と、目に水が浮かぶ。
「俺が今まさに言おうとしとったんに、タッチの差で先に言われてもうたな…」
「お前が言おうとしてたのも…?」
「おん、君に告白しようとしとった」
「こんなこと…あるんだな…」
「おんなじ気持ちや」
廉造は朝祇の体を布団に戻し、目を至近距離で合わせる。タレ目の中にある瞳は吸い込まれそうだ。
そして、どちらからともなく唇を合わせた。目を閉じて、すぐ近くで互いの温度を感じる。不思議と、好き、という気持ちがどんどんと沸いてきた。
その感覚が、たまらなく愛おしかった。