逃げない−5
「エンダアアァァァァ!!!」
「!?!?」
唇を離して、気恥ずかしくなって苦笑しあった瞬間、スパァン!と襖が開いて、やたらビブラートの効いた美声が部屋を震わせた。
思わず2人揃ってびくりと体を揺らす。
「ちょ、何してはりますのん!」
「いやぁ、美しい愛を見たらこうするのがこの国の仕来たりだと聞きまして」
「ケッ、やっとかヘタレ!」
「男同士…やと…」
どたどたと入ってきて騒ぐ四人の男たち。ホ○ットニーの名曲を歌いながら入ってきたピンクと白が眩しい長身の男、それをたしなめる柔造、廉造に吐き捨てるように言う金造、そして動揺している八百造だ。
廉造は呆れて「なんなん…」と呟いていた。
朝祇も突然のことに何がなんだか分からない。まずこの奇抜な男は誰だ。
そんな朝祇の内心の疑問に気づいたかは分からないが、男は朝祇に向き直る。
「災難でしたね、一ノ瀬君。私はメフィスト・フェレス、正十字騎士團日本支部支部長で正十字学園の理事長をしております」
「どうも…一ノ瀬朝祇です…」
メフィストという男は、廉造いわく朝祇の記憶を消す力を持っており、今日はそのために来ていたそうだ。
「堪忍なぁ、2人とも。俺は止めたんやけど…」
柔造は至極申し訳なさそうに朝祇たちに謝った。察するに、襖の向こうで出歯亀紛いのことをしていたのだろう。でなければあんなタイミングでホイッ○ニーは不可能だ。
「若者たちの行く末を見守ったまでです」
「廉造がどうしたんか気になっとっただけや」
「こないなオモロイもん見逃せるかぃ」
八百造の心配は別として、メフィストと金造は確信犯だ。というか、金造はすでに隠していなかった。潔い男である。
「で、あえて入って来はったんは何や理由ありますやろ」
これ以上のカオスを許すまいとしたのか、廉造は大人たち相手にさっくりと切り出した。
「ええ、もちろんですとも。一ノ瀬君」
メフィストは畳に座り、朝祇と目を合わせる。失礼のないように、また、そろそろ居心地が悪くなってきたのもあって、朝祇も上体を起こす。廉造が横から腕で背中を支え、自分の方に軽く朝祇を寄り掛からせてくれた。
「あなたは体に黄龍を宿し、明陀宗最大の秘密を知ってしまった。廉造君とどうなろうとそれは変わりません。これからどうするおつもりです?」
「…黄龍は、人間がこの街を守るために都に封じて、人間の開発によって苦しめられてる。それを、また人間の都合で祓おうなんて、あまりにもエゴだと思うんです」
「なるほど。では祓魔には応じないと。不浄王については?」
「これは、完全に私情ですけど。志摩との思い出を忘れたくないんです。…たとえ、今後志摩と離れることになってしまう可能性が高くても、記憶だけは大事にしたくて」
「え、俺一ノ瀬君から離れることになっとるん?」
「だって、お前は東京に行くし、俺が忘却を拒否したら明陀宗を敵に回すことになりかねないだろ」
朝祇が言ったことを考え付いたことがなかったのか、廉造はハッとした。肝心なところで頭が回らないのか。
メフィストはというと、朝祇の回答に満足したようだ。複雑そうな顔をする志摩家の大人たちに対して、晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。
「それでしたら、私に素晴らしい案があります。黄龍を宿したまま、記憶も消さず、さらには廉造君とも離れなくて済む方法がね」
廉造と八百造は胡散臭そうに、柔造と金造は首を傾げて言葉を待つ。朝祇は後者だ。
「一ノ瀬君、正十字学園に来て、祓魔師を目指しなさい」
「へ…?」
メフィストの提案に、目が点になった。
廉造は「あんな、」と説明をしてくれる。
そもそも廉造たちが正十字学園を目指すのは、そこに祓魔師になるための塾が存在するからだ。学園は名前からも分かるように、正十字騎士團の本部でもある。
明陀宗は今から15年前、世界中の聖職者が虚無界の神・サタンによって殺害された「青い夜」によって多くの犠牲を払った。なんと、志摩家の長男と八百造の父親も亡くなったらしい。それ以来明陀宗は祟り寺と恐れられ、檀家も減った。それを建て直そうと、座主血統の一人息子である勝呂は努力しているのだそうだ。
たち行かなくなった明陀宗は正十字騎士團に所属し、それ以来僧侶たちは祓魔師となった。勝呂も、そして従う子猫丸と廉造も、同じく祓魔師になることを志す。
勝呂は祓魔師になることを当主である父親から止められており、隠して正十字学園を志望しているが、廉造は警護のこともあり志摩家にはそれを打ち明けていた。ちなみに青い夜で両親を失った子猫丸は誰かに話す必要はない。こうして、現段階で勝呂や廉造が正十字学園に行くことを知っているのは志摩家くらいとなったのだ。