正十字学園−4
勝呂たちと別れてから、朝祇は町中を歩きながら携帯を取り出した。そして、カタカナで登録された名前を呼び出す。
『はい、こちらメフィスト・フェレス』
「突然のお電話失礼します、以前京都でお世話になりました、一ノ瀬朝祇です」
『おやおや、これはこれは一ノ瀬君、お久しぶりですね』
相手はメフィスト・フェレス、この学園の理事長であり、正十字騎士團日本支部の支部長でもある。以前黄龍のことで京都出張所にて会ったとき、「何か困ったことがあればどうぞ」と連絡先を渡されていた。
「少しお話ししたいことがありまして。よければお時間頂けますか?」
『ええ、構いませんよ。今お迎えにあがります』
「えっ、」
朝祇は周りを見渡した。ここは繁華街の雑音を避けて入った裏路地で、辺りにはビルが狭い感覚で並ぶだけだ。どうやって場所が分かるのか、と訝しむと、ポンッという軽い音とともに白い煙がたつ。
「うわ、」
「どうも、ごきげんよう!」
現れたのはピンクと白の服を身に纏うメフィスト・フェレス。時の王であると黄龍から聞いている、悪魔だ。瞬間移動は時の王ならではだろうか。
「突然すみません」
「いーえ!お気になさらず……して、ここは少し埃臭い、場所を変えましょう」
そう言うや否や、メフィストは「アイン、ツヴァイ、」とカウントを始める。そして、手を握られた。なんだ、と思う前にポンッと目の前が白い煙に包まれた。
そして、それが晴れると朝祇は装飾が過剰に施された豪華なベルエポックのような部屋にいた。メフィストとともに瞬間移動させられたのだ。
「ようこそ、ファウスト邸へ。ここは私の執務室です」
「……お招きありがとうございます」
「そこにお掛けください。今お茶を出します」
「お構い無く…」
フカフカのソファに腰かけると、やはりポンッと目の前の机にティーセットが現れる。出すとは物理的な意味か。
「入寮は済ませましたか?」
「はい、とても……素敵な部屋でした」
豪華過ぎだ、とは言わないでおく。メフィストは満足そうに頷いて、大きな執務机についた。
「さて、紳士としてもう少し当たり障りない話をしなければならないところなんですが、生憎この時期は忙しくてですね、本題を伺いたい」
「お気遣いどうも。ではさっそく」
朝祇としても余計な話はしたくないため、ありがたく本題に入ることにした。
「廉造…志摩廉造にスパイを頼んだ件についてです」
「おや、やはりあなたもご存知でしたか」
「僕が知ってることをご存知でしたでしょう?」
「さて?」
片眉を上げて楽しそうにするメフィスト。以前八百造に聞いていたように、愉快犯的な性格が見てとれる。
「僕は、廉造がイルミナティに寝返る可能性は低くないと思ってます」
「おや、恋人を信じていないんですか?」
「あなた方を信じていないんですよ。僕は決して、手放しで正十字騎士團が正しいとは思うつもりはありません」
「これはまた手厳しい」
「でも、最終的にあなた方につく方が利口であるとは思っています。サタン復活によって物質界と虚無界を融和させようなんて、結局悪魔たちに占領されて終わりなのは目に見えています。イルミナティが成功しようと失敗しようと、あちら側についている人間がまともなエンディングを迎えるとは思えない」
たとえイルミナティが人間たちに薔薇色の未来を語ったとして、それを律儀に履行するはずがない。なんせ相手は悪魔、人間とは根本からして違う価値観だ。イルミナティが目的を達成できなければ当然然るべき最後を迎えるし、達成しても人間に未来はない。
廉造には、最終的に正十字騎士團に足をつけさせなければならない。もし廉造がイルミナティにつくことを決意してしまっても、朝祇が連れ戻すが、そうなると騎士団に居場所がなくなる。
「まったくもって同感だ。それに、時として打算的な人間の方が信用できる。あなたようにね。それで?あなたは何をお求めなんです?」
「廉造に居場所を。たとえ一度あいつが騎士団を裏切ったとしても、帰ってくる場所を用意してください。必ず俺が引き戻します」
「ほう、対価は」
「……―――サタンの落とし胤」
メフィストの笑みが深くなった。正直、これを言うのは一か八かだった。
例によって、黄龍が何の衒いもなくサタンの気配が都内に現れたと朝祇に告げ、さらに虚無界の様子からそれがサタンの落とし胤であると分かったそうだ。
そんな存在がメフィストに関係していないはずがない。しかも、黄龍に気配を辿らせると教会にいるとのこと。取引材料として使うのに賭けに出た。向こうはどれくらいこちらが知っているか分からないため、迂闊なこともできない。いざとなれば、黄龍の力を使ってメフィストの内心を読む。
だがメフィストのことだ、朝祇がそこまでしていることもお見通しかもしれない。