冀うは、−5


勝呂が朴を抱えて運び、雪男がそれを治療する。出雲や燐は付き添いだ。

一方で、朝祇は廉造とともに中庭にいた。シャツごとカーディガンの袖を捲っていたのを降ろし、冷たい夜風を避ける。
意気消沈としていた朝祇を、廉造が気を使って連れ出してくれたのだ。


しばらくの間沈黙が続くが、廉造は沈黙も話すのもどちらも許容するかのように朝祇の肩を抱いてくれていた。その温もりに安堵して、やはり情けなさが沸き上がる。


「……ほんと、情けねぇなぁ…」

「…そうなん?」

「怖くて、怖じ気づいて…動けなかった。奥村も杜山さんもすぐに動いてたのに。俺は、突っ立ってるだけで」

「黄龍や麒麟の力は使えなかったん?」

「黄龍の力を使えば、この建物や周りの施設に影響が出るし、最悪ガス管に引火して爆発しかねない。印章紙も持ってなかったし、持ってたとしても怖じ気づいちゃったから、麒麟を呼び出しても逆に襲われてたと思う」


使い魔は、召還主が自信をなくしていると自分に相応しくないと襲い掛かる。麒麟がそんなことになれば、ナベリウスよりも大きな被害が出ただろう。


「神木さんは荷物を一式持ってたから、印章紙くらい持ってたはず。俺が不甲斐なくなかったら、それを借りて麒麟を呼び出せたんだ」

「手騎士の難しいところやね。黄龍かて、確かにこういうところでは扱えんなぁ」

「ナメてたわけじゃないけど、でも、今まで生きてきた普通の人生からは想像もできないような危険な世界だってことへの、認識が甘かったんだ。その甘さに、腹が立つ…!」


怖かった。平和な日本という国で、戦争も犯罪も知らないまま他の大多数と同じように生きてきた。悪魔があんなに恐ろしいものだとは、思ってもみなかったのだ。それが、情けない。
これで、候補生でもないのにスパイをやっている廉造を守ろうなどということができるわけがない。甘すぎだ。


「…焦らんでええんよ、朝祇」

「廉造…」

「ゆっくりでええ。俺と違て、朝祇は心が強いやろ。たとえさっき怖くて動けんかったとしても、それから逃げようなんてことは少しも思うとらんねやもん。俺やったら逃げとる」

「そんなこと……」

「あるで。せやから、きっと朝祇はびっくりするくらい強うなれる。今日感じたこと忘れんで、バネにすればええんや。せやから、今日くらい、弱くてええよ」


月明かりに照らされて、廉造は優しく微笑んだ。朝祇の気持ちを正確に理解しているからこそ、「俺が守る」なんてことは言わない。焦らなくていいと、励ましてくれているのだ。そうやって深く理解して言葉をかけてくれる存在に、改めて感謝と愛情が沸いた。


「…っ、ありがと…」


廉造の肩口に顔を埋めて、背中に手を回す。応えるように、廉造も朝祇を抱き締めた。その暖かさや廉造の匂いに、涙が出そうなくらい、安堵した。
絶対、次は人を、廉造を守れるようになる。そう決意した。恐れるのは、今晩で終わりだ。



***



翌日、学校へ行く前の質疑応答を終えてから、朝祇は自室へ戻る雪男のところへ走った。廊下で後ろから声をかけると、立ち止まって振り返ってくれる。


「奥村先生!」

「一ノ瀬君、どうかしましたか?」

「あの…先生は、竜騎士と医工騎士の称号を持ってるんですよね」

「そうですよ」


悪魔薬学の天才と称される、史上最年少の祓魔師である雪男は、すでに竜騎士と医工騎士の称号を持っている。


「俺、恥ずかしながら昨日まったく役に立たなくて…でも暗唱したり刀振り回すことができる自信がないから、手騎士以外の取得として、竜騎士や医工騎士の資格も欲しいんです」


昨晩痛感したように、手騎士は自分の精神やその場の状況に大きく左右される。つまり、不安要素が多いのだ。そのため、どんなときでも対応できる力が必要だと感じた。
詠唱騎士は例によって覚えるのが苦手だから除外するとして、ほかには騎士、竜騎士、医工騎士が残されている。騎士は燐の太い腕筋を見れば分かるように、相当な力が必要で、正直朝祇には刀を振り回す自信はない。竜騎士ももちろん照準を維持する筋力が必要だが、騎士ほどではない。
勉強が得意なのを考えれば医工騎士もいいなと思うし、現場に絶対必要だ。


「手騎士を本命に、竜騎士、医工騎士を取るんですか?…さすがに険しい道のりですが、でも、僕と違って君には手騎士の才能が豊かですし、すでにかなりの知識がある。成績を見ても、医工騎士になることは大きな苦ではないでしょう。あとは、手騎士と医工騎士の座学と平行して竜騎士になるための鍛練をどれだけこなせるかですね」


黄龍を宿す身として、朝祇は中学時代から自主的に悪魔の種類について勉強してきた。柔造や黄龍からの教えももらっている。塾に入ってからも、グリモア学の湯ノ川や悪魔歴史学の足立などの教員に聞きに行っていた。その評判とやらがあるらしく、手騎士と医工騎士の勉学面は問題ないとのことだ。


「竜騎士の方は具体的には何をすれば…?」

「基本的な重火器の知識や銀の銃弾、聖水弾の作り方、拳銃の扱い方は心得る必要があります。その上で、まずは自分に合う獲物を見付けましょう」


竜騎士が使う銃は、普通の弾ではなく聖銀や聖水、精霊の加護を受けた魔法弾などを装填して使う。その知識をもった上で、重火器類の通常の使い方や知識を身に付ける。


「自分に合う銃ってことですか?」

「はい。拳銃が一般的ですが、ライフルやショットガン、ランチャー、中には銃剣を使う人まで、それぞれです。今度、竜騎士用の重火器を取り揃える武具屋に行きましょうか」

「えっ、いいんですか!」

「一ノ瀬君は優秀ですし、何よりやる気がある。講師たちも、そういう姿勢を見せる生徒には目をかけてしまうものですよ」


いつもの柔和な笑みで、雪男は次の日曜に武具屋へ連れていってくれると約束してくれた。
それならば、あとは自分でできる勉強をするだけだ。

もう、あんな思いはしたくない。


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