冀うは、−6


旧男子寮から学園へ登校し、放課後はいつものように塾に行く。
今日の最後の授業は、詠唱に関する経典暗唱術だった。講師はアンジェリーヌ・牧、通称おばちゃん先生で、どこぞのマダムのような風格の女性だ。


「大半の悪魔は、致死節という死の理、必ず死に至る言葉や文節を持ってるでゴザーマス。詠唱騎士は、致死節を掌握し、詠唱するプロなんでゴザーマスのよ」


見た目も口調もキャラが濃いが、これで各種経典や聖典を正確に諳じているのだ、侮れない。詠唱騎士は、ただ暗記するだけでなくどの言葉が何の悪魔の致死節なのかも覚えていなければならず、暗記する量は信じられないほど多い。普通は致死節が分からない場合や思い出せない場合に備えて他の称号を持つことが多い詠唱騎士だが、牧は詠唱騎士だけしか称号を持っていない。それはつまり、それだけ絶対的に暗唱とそれを思い出すことが可能だということだ。


「それでは、宿題に出していたところを暗唱してもらうザーマス。では…神木さん」


宿題はテ・デウモの最後の四行だ。しかし、出雲は指名されても答えない。ぼーっとしているようだ。隣にいない朴のことが原因だろう。


「神木さん!」

「は、はい!すみません…」

「テ・デウモ、前回の続きからでゴザーマス」

「はい…我ら、日々御身に謝し、世々に至るまで…御名を……」

「ザーマス?」

「わ、忘れました……」

「まぁ!神木さん、あなたが珍しい!それでは代わりに…勝呂さん!」


なんと、秀才の出雲が暗唱できなかった。確かに少し長いが、この前の詩篇30篇よりかはマシだ。それだけ昨晩のことが響いているのだろうか。


「はい。我ら、日々御身に謝し、世々に至るまで御名を称え奉る。主よ―――」


一方で勝呂は、すらすらと止まることなく暗唱していく。まったく言葉が淀むことはない。


「―――我が望みはとこしえに空しからまじ」

「完璧ザーマス!」


ついに最後まで暗唱仕切って見せた。燐やしえみは良いリアクションをして、拍手までする。いいやつらだな、と後ろから微笑ましく思った。

鐘が鳴り牧が出ていくと、さっそく燐としえみが振り返った。


「すごいねぇ、びっくりしちゃった」

「いやいやぁ、惚れたらあかんえ」


しえみの手放しの賛辞に、勝呂はどや顔を隠さない。そういうところは、いくら涅槃に片足突っ込んでる系男子とはいえ普通だ。煩悩に全身ズブズブ系男子の廉造とは大違いである。


「おまえ本当に頭良かったんだな!」

「本当にってなんや!」

「坊のは頭いいんと違て、暗記が得意なんですよね」

「子猫丸、それ頭いいちゅうことやろ、ええ?」


慌てる子猫丸に圧力をかける勝呂、燐やしえみも交え仲良くなったな、と思った途端、水を差すような声がかかった。


「暗記なんて誰でもできるじゃない」

「あぁ?なんか言うたかこら」

「坊っ…!」


独り言のように釘を刺したのは出雲だ。勝呂は喧嘩腰になるが、すぐに優勢と判断したのかしたり顔になる。


「四行も覚えられんやつに言われとうないわ」

「っ!私は覚えられないんじゃない、覚えないのよ!詠唱騎士なんて戦闘中は無防備だから、パーティーにお守りしてもらわなきゃならないし?パーティーのお荷物じゃない!」

「なんやと!?詠唱騎士目指しとるもんに向かってなんや!」


詠唱騎士の痛いところを突かれ、勝呂は怒り立ち上がる。勝呂だけでなく、明陀宗に多い詠唱騎士たちにも言える悪口でもあるために余計だ。


「こわーい、殴りたければ殴りなさいよ」

「だいたいお前は気に食わへんのや!人の夢笑いよって!」


2人は燐の机を挟むようにして対峙する。燐は挟まれていても聖書を読みつづけていた。
子猫丸と廉造は慌てて勝呂へと近寄る。いつも通り、朝祇は席に残った。


「あぁ、サタンを倒すってやつ?あんな冗談、笑う以外どうしろっていうのよ」

「じゃあお前は何が目的で祓魔師目指しとるんや、言うてみぃ!」


勝呂の追求に、出雲は言い淀む。しばし逡巡したのち、低い声で返した。


「…私は、誰かに目的を話したことはないの。あんたみたいな目立ちたがり屋とは違ってね」

「なんやと!!」


ついに勝呂が出雲の胸ぐらを掴み、出雲がやり返して平手打ちを繰り出した瞬間、立ち上がった燐に直撃した。


「ってーな…お前ら、喧嘩すんなら他所でやれよ!!」

まさに正論で怒鳴ったそのとき、教室の入り口から「そこまで!」という鋭い怒声が響いた。雪男だ。


「いい加減にしてはどうです?」


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