冀うは、−8


ナベリウスは呻きながらこちらへ近付いてくる。飛び掛かられでもしたら終わりだ。
すると、しえみが緑男を両手に乗せてナベリウスと対峙した。


「ニーちゃん、うなうな君を出せる?」


ニーちゃんと呼んでいるらしい緑男は元気よく頷き、そして腹から木を出現させた。勢いよく枝分かれして拡大していき、あっという間に部屋全体に広がるバリケードを完成させた。ついでにナベリウスのことも串刺しにしている。

しかし、その串刺しにされたナベリウスは、なんとそこからふたつに分裂した。ちょうど、頭をひとつずつで体を縦に割った形だ。それぞれ失った半身をあっという間に再生させ完全な2体の固体となり、バリケードを破壊しにかかる。

さらに悪いことに、しえみが咳き込みながら崩れ落ちた。燐が慌てて駆け寄ると、「クラクラする…」と答える。
それに続いて、燐と朝祇を除く全員が咳き込み始めた。


「な、なんだ!?」

「グールの体液を浴びたからよ…あんたは平気なの?っ、げほ、」


悪魔である燐は効かず、廉造に庇われた朝祇も浴びていない。そのため、無事なのは2人だけだ。
咳き込む廉造の背中を擦り、再び不甲斐ない気持ちが沸き上がる。守られて、廉造を危険な目に遭わせている。このままでいいのか。

刀を抜けない燐は、ついに別行動をとることにしたらしい。
「囮になるから逃げろ」と言ってバリケードをよじ登り始めた。


「何言うとんねや奥村!」

「心配すんなって、そこそこつえーから!」


強いのは事実だ。刀さえ抜ければ、ナベリウス程度、倒せるだろう。やはり、燐はすぐに決断して動いて見せた。一方で、朝祇は昨晩と同じく黄龍に頼れない中で考えあぐねていた。麒麟を出すべきか、しかし、昨日の今日で自信がついたわけがない。何もできていないのだから。

燐はバリケードを越え部屋を出ていく。直後、壁を破壊する轟音とともに足音が遠ざかっていった。どうやら行ったらしい。


「と、とりあえず早よ出ましょう。杜山さん、もうバリケードはええから…」

廉造は座り込むしえみに声を掛けるが、勝呂は制止した。


「ちょお待て。今なんか聞こえんかったか」


勝呂の言葉に従い耳を済まして目を凝らすと、バリケードの真ん中辺りにもう一匹のナベリウスがいた。バリケードを破壊しながら、着実に接近してきている。


「嘘や…嘘やぁ!」


子猫丸の焦った悲鳴。千切れる木の音。荒いしえみの呼吸。切迫した状況に、今度は勝呂が動いた。


「こうなったら、詠唱で倒す!」

「なっ、坊!せやかて、あいつの致死節知らんへんでしょう!」

「知らんけど、グール系の悪魔の致死節はヨハネ伝福音書に集中しとる。俺は丸暗記しとるから、どっか当たるやろ!」


新訳聖書、ヨハネの福音書をすべて暗記しているという勝呂は、それを暗唱することで倒すことにしたらしい。しえみの体力がどこまで保つか、その時間が難しい。


「なっ、丸暗記て、20章以上ありますやろ!」


詠唱騎士志望ながらまったく覚えていない廉造は驚くが、子猫丸は意を決したように顔を上げる。


「21章です。僕は1章から10章まで暗記しとります、手伝わせてください」

「なっ、無茶よ!詠唱中は集中的に狙われるのよ!?」

「んなこと言うとる場合か!女が一人で頑張っとるいうんに、男が突っ立ってるわけにいかんやろ!」

「…さすが坊、漢やわ」


勝呂はバリケードを保ち続けるしえみを指して怒鳴る。そうすれば、廉造がシャツの裏側から錫杖を取りだし、組み立てた。


「お前、仕込んどったんか」

「俺はまったく覚えとらんですけど、援護させてください」


勝呂、子猫丸は狙われることを、廉造は最前線で援護して時間を稼ぐことを決意した。それぞれ、とても危険だ。自分も、とポケットの印章紙を取り出すが、やはり不安が心に広がる。
どうしよう、と焦るが、廉造が朝祇の肩をぽんと叩いた。


「朝祇、大丈夫や。一人やない」

「せやで一ノ瀬!俺らが仕留めるさかい、廉造と時間稼ぎ頼む!」

「一ノ瀬君なら大丈夫や!」


そして、勝呂と子猫丸も声を掛けてくれた。3人とも、力強く朝祇を見詰める。


―――そうだ、ひとりじゃない。

雪男が先程言っていたように、祓魔師は一人では戦えない。つまり、戦うときはひとりじゃないのだ。
朝祇には、仲間がいる。強くて頼もしくて優しい、大切な仲間が。
だから、大丈夫だ。みんなでなら、戦える。みんなとだから、戦いたい。


「…俺が明かりを作って動きを緩める。まだ使い魔を思いきり動かして戦わせるだけの力がないけど、それくらいならできる」


思いの外、しっかりとした口調で喋れた。もう、怯まないし恐れない。勝呂たちは満足そうに頷いた。


「無謀よ!!」

「なんやさっきから!戦わんのなら下がっとけ!!子猫丸、お前は1章、俺は11章からや。つられるなよ」


出雲を制し、勝呂は座禅のように胡座をくむ。隣で子猫丸も正座をした。ついに、戦いが始まる。


「初めに言があった。言は神と共にあった――」

「此処に病める者あり。ラザロといい、マリヤとその姉妹――」


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