強くなる−5


厨房に立つと、すでにウコバクと燐が用意してくれていた。今日はチーズ料理を作るそうで、アイランドには耐熱皿がいくつも並ぶ。合間には様々な種類のチーズが置いてあった。

今日は雪男も見学していくそうで、カウンターに肘をついてラフな格好でこちらを見ていた。いつも通り、黄龍を通してウコバクの言葉を聞こえるようにすれば用意は終わりだ。


「まずは簡単なラザニアからだな」

「簡単……?」


ラザニアって簡単にできるのか、と驚くと、燐はラザニア生地を持って笑う。


「おう、工夫すりゃめっちゃ簡単なんだぜ。オーブンに入れてる間に明太チーズじゃがいもとかも作る」

「お、いいな」

「チーズ系好きなのか?」


ラザニアやチーズの袋を怪力でぱっぱと開けていく燐は首を傾げながら聞いてくる。朝祇は廉造を思い浮かべる。洋食全般が好きらしいが、確かチーズを使ったものは中でも洋食らしさが全面に出ていて好きそうだ。


「…うん、多分」

「あー!思い出した、それだよそれ」


少し間をおいて答えると、燐は突然大声を出した。朝祇だけでなくウコバクや雪男も肩をびくつかせた。


「どうしたの兄さん…」

「いやぁ、聞こうと思っててずっと忘れてたんだよな。一ノ瀬って『好きか?』って聞くと考えるじゃん。普通、好きな食べ物についてそんな思い悩まないぜ」

「あぁ…確かに、今のも『チーズ料理が好きかどうか』だったら、yesかnoで答えるか普通って答えるか、すぐ分かるはず」

「だろ?だから、俺は頭を使って考えたわけだ。ひょっとして、一ノ瀬は誰かのために作ってんじゃねえかってな!」


珍しく頭脳的な考えをしたらしい燐の予測は、悔しいことにドンピシャだ。雪男もそうなのか、と目で問いかけてくる。なぜこういうときに限って…と朝祇はままならない気持ちになるが、もうこの2人ならいいんじゃないか、とも思えるようになってきた。そもそもこちらは燐の最大の秘密を知っているのだ。ある意味、フェアでないし、逆にバラされないだろう。


「…そうだよ」

「おお!彼女か!!」

「…恋人」


彼女か、と聞かれてはい、とは答えない。そこで、恋人と言ってぼかす。これは、最後の防衛ラインだ。


「恋人?つまり彼女だろ?」

「彼女じゃないよ」


しかし燐はあっさり越えてくる。そこで、雪男は色々と繋がったらしい。ハッとした表情になった。それは、驚愕の色が濃い。


「まさか、志摩君ですか…!?」

「えぇ!?」


あまりに驚いたのか、雪男は言ってしまった。普段の雪男ならそこは察して黙っていただろうが、驚きと、そしてこういう話の経験不足から思いきり言ってしまった。燐は途端に驚いて叫び、その声で後れ馳せながら雪男は失態に気付き顔色をなくす。


「ぁっ、すみません、一ノ瀬君、」

「ほんとかよ!?」

「…はは、ほんとだよ。俺と廉造は、付き合ってる。気持ち悪い?」


焦る雪男が面白くて、朝祇はあっさり認めることにした。最悪、こちらにも切り札があるから心配はないが、単純に2人に嫌われるのは嫌だった。
しかし、燐は特に嫌悪は見せなかった。


「いや…驚きはしたけど、まぁ、そういうやつもいるだろ。俺なんてサタンの息子だぜ」

「合宿のときから気になってはいましたが…それなら納得です」


燐はケラケラと笑った。確かに、男どうしで付き合うなどサタンの息子であることと比べたら然したる問題ではないのかもしれない。
合宿のときに女子風呂を覗く覗かないについての痴話喧嘩のようなものをした際に雪男もいたから、雪男も気になったこととして残っていたらしい。何にせよ、奥村兄弟はやはりその数奇な運命からか、とても寛容だった。


「…ありがと」

「おう!じゃあ、志摩に飯作ってやるんだな」

「そうそう。7月頭にあいつの誕生日でさ。それで奥村に料理教えてって頼んだんだ。俺、あいつに勝てるとこ全然ないから…実戦だって」


せめて料理くらいできたら、とはずっと思っていたことだ。いつか、強さも含めてもっと対等になりたい。


「……最近、一ノ瀬君が強くなることに焦っているのは、志摩君のためなんですね」

「あー…焦ってるように見えてます?」

「ええ、とても」


雪男の正直な指摘に苦笑しか返せない。実際、その通りだ。早く守れるようになりたいと、スパイなんてこなす廉造に並びたいと思っていた。


「手騎士に竜騎士、医工騎士の称号を取りたいなんてびっくりしましたよ」

「げぇっ、お前そんな取るのかよ!」


驚く燐からラザニアを受け取り、ウコバクの指示通り耐熱皿に敷きながら、頷き返す。


「でも、悪いことではないと思います。むしろ、一ノ瀬君の才能を信じられないスピードで開花させている。まさに愛の力と言うと陳腐ですが、実際そうですよ」


雪男が言うには、朝祇の焦りとそこから生まれた成長は異常らしい。先程何やら思い詰めていたようだったのは、そのことだったようだ。
ただでさえ麒麟を2体同時に召還したことが講師たちを驚かせたというのに、思い立っていきなり降魔術を成功させるなど有り得ないのだそうだ。


「一ノ瀬君、君は斎藤さんが言っていたように、騎士團にとって非常に重要な祓魔師となります。他の竜騎士の先生方にも伝えておきますが、ぜひ、体調には気を付けて精進してください」

「…はい、ありがとうございます!」


まったく実感が沸かないが、期待されているなら応えたい。朝祇は頷いて、作業に戻った。


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