海の悪魔−3
山での訓練を終え、朝祇たちは海の家へと戻ってきた。交代するためで、2人の姿を確認した出雲は「じゃあね」と一言言って更衣室へ向かった。椿は山での後処理をしてから来るそうだ。
「奥村は行かないの?」
「あー…なんか楽しくてさ、残ってていいか?」
「俺らはかまへんけど…泳がんでええの?」
「泳ぎたくなったら行くわ」
燐はイカ焼きを作って売るのが楽しいらしい。確かに、そういうのが好きそうだ。廉造はやってくれるならラッキー、とばかりに砂に座り込む。先程と同じ姿勢だ。
「にしても、全然売れないな」
「おっかしいよなー、こんなうまそうなイカ焼きなのに」
朝祇はまったく減っていない在庫を見て首をかしげた。燐も同様だ。燐が作っているだけあってとても美味しそうなのに。
すると、何やら声が聞こえてきた。黄龍を通して頭の中に響くものである。
(ほんとに美味しそう〜、ねえ燐、一口食べちゃだめ?)
「だめだめ、これ売りもん」
どうやら、燐の左肩に乗る黒猫が喋っているようだ。尻尾が二股になっていることから、猫がケットシーであると分かる。猫に憑依する悪魔で、上位のものは人の言葉を理解できる。
「その子ぉか、新しく奥村君の使い魔になったケットシーいうんは」
「おう。任務だっつーから連れてきたんだけど…」
「どこが任務や…」
数日前、学園の南門の方で騒ぎがあった。門番をしていた悪魔が暴走した、というものだ。雪男に聞くところによると、それはかつて前聖騎士(パラディン) である藤本獅郎の使い魔だったケットシーであり、藤本は奥村兄弟の親代わりだったそうだ。事件を解決した燐がそのケットシーを継ぐことになり、燐の使い魔という形に収まったらしい。
藤本聖騎士が奥村兄弟の保護者だったことのほうが驚いた話だった。
いまだうだうだとする廉造は、任務とは名ばかりの現状に寝転がって不満を垂れる。そこに近づく影がひとつ。
「あー、せめて、出雲ちゃんがもうちょい積極的やったらなぁ〜。そういうとこ協調性ないゆうか…」
「悪かったわね」
真夏の砂浜に、思いきり地雷を踏み抜いた廉造の情けない声が響いた。
***
ことが起こったのは、それから30分ほどしたときだった。売れないイカ焼きの匂いにそろそろ辟易とし始めた頃、沖合で泳ぐ出雲を眺めていた廉造が「アカン!」と叫んだ。
びくりと肩を揺らした燐とその視線を追うと、小さく出雲が浮き輪の上でじたばたしているのが見えた。
「あれ、足攣ってんじゃねぇか!?」
「あんな沖合じゃやばいな、」
「あ、でも誰か助けてくれとる…とりあえず行こか」
目がいいのか、廉造は遠くで出雲が誰かに助けられているのが見えたらしい。それがどんな人かは分からないようだ。
イカ焼きを放っておくのは気が引けたが、急を要する。
「…、鄂州が瀬を速む」
角端を呼び出すほどではないが、何か力になるものを、と思って浮かんだ言葉を唱える。すると、印章紙からポン、と飛び出した光から、3、4歳くらいの男の子のようなものが現れた。体型こそ人型だが、その体は鱗に覆われている。
「うお、河童だ!」
「河童じゃない、水虎だ!とりあえず連れてけ。俺は一応ここに残るから」
廉造は頷き、燐と水虎を連れて歩き出した。水虎は中国の湖北省の河川に生息すると言われていた妖怪の一種で、日本では河童と混同されあまり有名ではない。水虎には皿がないのが特徴だろう。いざとなれば、出雲を助けてもらえる。
だが心配は杞憂に終わったようだ。幸い、出雲は助けてくれた人物によってしっかり浜まで運ばれており、廉造たちとも合流していた。
大丈夫なのであれば、朝祇もイカ焼きに専念しよう。そう考えて周囲のお姉さま方にニコリと微笑んでイカ焼きを勧めた。