海の悪魔−5


その夜、廉造はイカづくしの食事を終えてから民宿を出て少し離れたところへ歩く。階段から堤防を上がり、海を見ながら携帯を取り出した。
海には月が大きく光の影となって映り、空には月が柔らかに町を照らす。


「ふりさけ見れば春日なる〜て…どう見ても同じに見えへんやろ」


阿倍仲麻呂が詠んだ有名な和歌になぞらえて、そんな情緒のかけらもない感想を漏らしてダイヤルする。
電話は数コールで繋がった。


『はい、メフィスト・フェレス』

「お久しぶりです、志摩廉造です」

『おや志摩君、定期報告はまだですよね?どうかなさいました?』


廉造がかけた先は学園の理事長であり、正十字騎士團日本支部の支部長であり、そしてスパイとしての廉造の上司でもあるメフィストだ。スパイとして定期的に行っている報告の時期ではない電話に少し驚いていた。


「突然失礼します。単刀直入に聞きますけど…朝祇のこと、どうしはるおつもりですか」

『一ノ瀬朝祇君を、ですか?そんな悪役のような聞き方をされても思い当たる節はありませんよ?』

「合宿以来、朝祇のことについて報告を受けとるはずです。麒麟のことや黄龍の扱い方、そして手騎士二種の降魔術による麒麟の力の拳銃への憑依…今日見ましたけど、あれは候補生はおろか上級祓魔師クラスでも収まるか…あなたが何もせえへんはずがない」


昼間に見た朝祇の訓練。降魔術によって憑依させた麒麟の力を連射することによって、あっという間にゴブリンを掃討し辺りを荒廃させてみせた。候補生のレベルではない。普通の祓魔師で収まる器ではなく、最年少で四大騎士まで上り詰められそうなものだ。それをみて、即戦力を常に探すメフィストが黙っているとは思えなかったのだ。
祓魔師になるよう引き込んだのは廉造だが、朝祇をそこまで前線へ出させたくはない。


『ええ、確かに彼のことはしっかりと報告を受けています。ですが、すぐにあなたのように何かを任せるつもりはありませんし、今すぐ彼に何かを強制させる予定もありません』

「信じられる要因は」


しかし、メフィストからは何も予定していないとしか言われない。本当にそんなことがあるのか、と廉造は食い下がる。メフィストはそれに少し苦笑した。


『大きく2つあります。まず、彼は非常に頭が良い上に多くを知っている。あなたのスパイのことや不浄王、他にも公にされれば私がヴァチカンに捕まりかねないことも。黄龍は人の心を読む力もありますから、余計です。交渉相手にしたくないんですよ』


一体何を知っているというんだ、と廉造は朝祇の一面に驚く。大方、黄龍を通して知ってしまったのだろう。頭が良いから隠し通しているのだ。


『2つ目、彼の実力は先祖と黄龍頼りであり、まったく不完全であることです。麒麟にしても何にしても、先祖が契約してきた使い魔は血によって召喚が容易になります。また、彼には黄龍が宿っているので、それもあって麒麟などの神格級の悪魔が従うのです。彼だけの実力ではありません』

「せやったら、朝祇に今後も何かをさせるつもりはない、いうことですか」

『…彼の実力を本物にしたい、という気はあります』

「具体的には」


やはり何かあった。廉造は食い気味に訊ねる。メフィストはまたも苦笑を漏らすが、気を悪くするような素振りは見せない。


『それは私も考え中でして。あなたが反対しないようなやり方となると、今のところ打つ手なしなんですよ。今みたいに、一ノ瀬君のことになると君は人が変わる…いや、"人間らしく"なりますから』


廉造の反対を視野に入れて考えているなら、本当にメフィストはまだ朝祇をどうやって育てようか決めあぐねていると見ていいだろう。ようやく廉造は張り詰めていた気を緩める。


「そないでしたらええですわ。失礼なことばっか言うてもうて申し訳ありまへん」

『いえいえ。若いっていいですねぇ』


それには曖昧に笑っておいた。悪魔に言われると反応に困るのだ。
そうやって会話を終え、廉造は民宿に戻る。気が軽くなったこともあって、一段飛ばしで階段を上っていくと、何やら声が聞こえる。何となく息を潜めて部屋に近付くと、二階の男子部屋から朝祇の声だけがした。
少しだけ襖を開けて部屋を覗くと、そこには畳に寝そべってケットシーと戯れる朝祇の姿。クロというらしい猫又は、朝祇の手にじゃれついたり腹に乗ったりと構い倒されている。朝祇はクロに話し掛けているようで、恐らく黄龍の力で会話しているのだろう。楽しげな様子に、廉造は鼻血が出そうになるのをすんでで抑えた。だめや、可愛すぎる、無理、と内心では息も絶え絶えである。


「朝祇〜!帰ったで!」

「おー」


風呂に行っているらしい燐がいない今、いちゃつこうと突入するも朝祇からは雑な返し。そういえばまだ 機嫌を治せていなかった。


「ホンマごめんて朝祇〜、約束破らんようにするさかい、」

「当たり前のこと言うな」


クロの頭を撫でてご満悦そうな顔で言われても怖くはないが、そろそろ寂しい。そこで、廉造はふと気付く。


「もしかして、約束よか俺が朝祇を放って行ってもうたことに怒っとるん?」


朝祇の側に腰を下ろして聞くと、一瞬朝祇の動きが止まる。そして、起きあがって膝立ちになるなり廉造に肩パンをかました。


「いっだぁ!!!」

「分かってんなら察しろアホが!!」


突然の暴力に廉造がびっくりした直後、朝祇は胡座を崩した廉造の足の間に横向きに入り、体の左側を廉造の上体に預けて凭れさせた。鎖骨あたりに顔を埋める朝祇に、ようやく甘えられているのだと自覚した。途端に相好が崩れてしまうのを感じた廉造は、そっと朝祇を抱き締める。


「堪忍な、せやけど、そうやって拗ねてくれて嬉しいで」

「拗ねてないし。ばーかばーか。おいで、クロ」


朝祇は口ではそう言いつつ、廉造から離れずクロを構って誤魔化す。
ビーチで感じたような、どんどん朝祇を好きになっていく感覚や、朝祇のことになると途端に冷静さを欠いてしまう先程のことなどを思い出した廉造は、自分ばっかり好きなわけではないのだと感じられて嬉しかった。あぁ、本当にどうしてくれるんだろうか、と腕の中の存在の愛しさに痛みすら覚える廉造だった。


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