海の悪魔−7
朝祇は急いで埠頭入り口から 堤防を越えて砂浜に降り、走り出す。すると、まだ立ち込める砂ぼこりを掻ききって黒い陰が空中へ飛び出した。
体長2メートル以上という大きさだが、二股に分かれた尻尾がゆらゆらと揺れる。つまり、あれはクロだ。ケットシーとして本来の姿に戻っているのだろう。
クロはクラーケンに体当たりをかまし、燐たちの側に着地する。そこで朝祇も2人のところに到着し、麒麟が側に寄ってくる。
「大丈夫?2人とも」
「おん、ありがとぉな」
「大丈夫だ!よし、行けクロ!!」
へら、と笑う廉造に対し、燐はクロをさらにけしかける。廉造はそれを見て笑みを消し焦った表情になった。
クロがクラーケンに噛みつくと、いよいよ廉造は「アカン!!」と叫ぶ。
その途端、クロは着地できず砂浜に落ちてきた。巻き上がる砂浜の中、クロは小さなサイズに戻って力なく横たわっていた。
「クロ!!どうしたクロ、」
「猫は生のイカ食うたら腰抜かすんや…」
「マジで!?」
燐に抱えられたクロは目を回しており、戦えそうにない。そこで朝祇は麒麟に向き直り、その頭を撫でる。
「ごめんな、あんま直接攻撃させたくないんだけど…ちょっとだけ、戦ってくれるか…?」
殺生を極端に嫌う麒麟を攻撃に使うことは避けたかったが、そうも言っていられない。麒麟は問題ない、というように、角が当たらないようにして頭を朝祇の胸元に擦り寄せた。
「…ありがとう。頼む」
麒麟は頭を上げ、砂浜を駆け出す。その足跡は美しい円を描く。麒麟は駆けながら空中に浮かぶと、まっすぐクラーケンに頭突きした。ぐらり、と大きくクラーケンは傾き、水飛沫が上がる。
「あの子こっち来なかった!?」
そこへ、出雲が走り寄ってきた。どうやら洋平を探しているようだったが、洋平はここには来ていない。
「こっちには来てへんで」
「ほんとに?まったく、この期に及んで道に迷ってるんじゃないでしょうね…」
すると、クラーケンが突然悲鳴を上げた。何事かと振り返れば、なんと海上から小型モーターボートに乗った洋平が射出型の銛を発射したようだった。100メートルほど離れてはいるが、クラーケンの巨体ではすぐに攻撃されかねない。
麒麟はまだ戦わせているが、そろそろ朝祇の限界が近い。息を乱す朝祇をちらりと確認した出雲は、印章紙を取り出して波打ち際に近付く。
「仕方ない、こうなったら私が……稲荷神に畏み畏み―――」
「出雲ちゃん危ない!」
「…っ!」
しかし麒麟を払おうと暴れたクラーケンの足が近くの海面を叩き、2メートルほどの波が浜辺に高潮となって打ち寄せた。
幸い出雲は流されたりはしていないものの、印章紙は使い物にならなくなっていた。
「はぁ…っ!わるい、もう…!」
朝祇も体力の限界がやって来て、膝から砂浜に崩れ落ちる。廉造が慌てて駆け寄り、朝祇の肩を支える。
「無茶せんでええから、」
「…、悪い」
朝祇は麒麟に内心で戻るよう呼び掛ける。麒麟はこちらを一瞥してから、虚無界に戻った。もう、クラーケンに対抗する手段はない。
「あれ、奥村は…?」
「奥村君はあの子見て海に走ってったで」
「モーターボートに追い付く気かよ…」
いつのまにかいなくなっていた燐は、どうやら洋平の元に向かったらしい。人目があるここでは刀を抜けないのだから、燐も思いきり動けないだろう。
打つ手がなかった。
さらに悪いことに、洋平が再び射出した銛はクラーケンに思いきり突き刺さり、それに怒ったクラーケンは洋平を足で吹き飛ばした。思わず朝祇たちは息を飲む。
飛ばされた洋平や燐はクラーケンの後ろがわの死角に入ってしまい、どうなったのか分からない。
いったいどうすれば。
その直後、沖合いから野太い声が響いた。
「おーい!!洋平!!!」
大きなその男の声は、戦いの終わりの合図だった。