鬼ごっこ−6
「一ノ瀬!!お前なんつー無茶なことしてんだ!!」
「細かい話は後で!早く逃げるぞ!!」
燐は朝祇に詰め寄るが、それに構っている暇はない。朝祇は燐と走り出そうとするが、突然、地面がぐらりと大きく揺れた。ジェットコースターや周囲の建物が軋む音が響く。地震だ。
その直後、時計台の瓦礫を吹き飛ばしてアマイモンが空中に飛び出した。さらに、地震で落下したジェットコースターの鉄骨が突き刺さったバルーンハウスから、しえみの悲鳴が響く。バルーンハウスは支える空気を吹き出しながら萎むようにして圧縮していき、鉄骨がそれにともなってバランスを崩してしえみに向かって倒れていく。
「しえみ!!」
それを見た燐は脇目も降らず走り出した。アマイモンは近付いている。まずい、と思ったが、先に黄龍が動いた。
朝祇の立つ地面ごと朝祇を持ち上げ、空中を一気に広場の端へと動かしたのだ。
「うわ、」
咄嗟に捕まったが、落ちるようなこともなく、ゆっくり着地する。
しかし燐はアマイモンによって吹っ飛ばされ、再び殴られる。助けに行きたくても、燐はアマイモンによって動く暇もなく地面に殴り付けられていた。
しえみは緑男に木の枝を出させていたが、それでは到底鉄骨には勝てないだろう。
黄龍に頼もうと朝祇が口を開いた、そのとき。
燐は突然、纏うだけだった青い炎を激しく吹き出し、アマイモンを蹴り飛ばした。アマイモンは時計台の瓦礫の山に激突する。
「な、に…」
『まずいな、炎に飲まれておる。このままでは悪魔に成り下がるぞ』
黄龍の言う通り、燐はどこか動物的なうなり声を上げていた。その眼光はとても人間のものではない。
そして、燐はその大量の炎を思いきりしえみへと迫る鉄骨に向けて噴き出した。
巨大な青い炎の塊が、柱ごとバルーンハウスを消し炭と化す。
それによって出しきったのか、僅かにだけ炎を纏って燐は倒れた。そこにアマイモンが近付き、うつ伏せとなった燐の背中を踏みつけた。
「奥村…っ!」
朝祇は駆け出したが、すぐに目の前の地面が砕けて土の壁に阻まれた。
『近付くバカがどこにおる!今度こそ殺されるぞ!!』
「…そうなったら黄龍がフォローして」
だが朝祇は聞くつもりなど毛頭なかった。ここまで来たら、とことん戦うまでだ。直に雪男たちもやって来る。
ところが広場の端から100メートルほど離れた燐たちのところへ走ると、先にアマイモンに向かって切りかかる影があった。
グレーのフードを目深に被る少年。山田だ。
「山田!?」
一体なぜ、と思ったが、今は山田に斬りかかられて離れたアマイモンをさらに遠ざけるべきだ。
「冀うは白秋が剛金」
拳銃に索冥の力を宿し、50メートルほど離れたところで止まってアマイモンに向けて発砲する。撃ち出された銃弾はタングステンでできたナイフのようなもの、背後に散らばる鉄骨すら切断するほどのものがアマイモンに目掛けて飛び、さすがにアマイモンは大きく避けた。
「どいつもこいつも邪魔だなぁ…」
「邪魔はお前だ」
男にしては高めの声で山田は言い、刀を構える。アマイモンはしばらく考えたようにしてから、「やっぱやめました」と燐の倶利伽羅を鞘にしまった。同じく燐の炎も消える。
「またの機会に。それではご機嫌よう」
アマイモンは軽い口調でそう言うと、さっとその場を離れていった。
「あっ、待ちやがれ!チッ、じきに人が集まってくる、その尻尾は隠しておけよ!」
山田は燐にそう言い残してアマイモンを追い掛けた。燐が言われるがまま尻尾を隠すと、入れ替わるように朝祇が燐のもとへたどり着いた。
「大丈夫?奥村」
「…そっか、お前は知ってたんだよな。…でも、怖かったろ、俺、昔みたいに意識飛ばして…本物の悪魔みてえにさ…」
燐はアマイモンに奪われていたらしい倶利伽羅を前に、膝をついて頭を垂れていた。自嘲ぎみに言う声は低く、覇気はない。
確かにあの動物的な姿は驚いたが、かといって怖いとは思わなかった。
「青い炎、初めて見た」
「っ!」
しえみを助けようと業火となった炎を思い出して言うと、燐はびくりと肩を震わせる。
「綺麗なんだね、サタンの青い炎って。まぁ、本人のやつは禍々しいんだろうけど…奥村のは、怖いとは感じなかったよ」
「…、一ノ瀬…」
「それに、奥村の名前の意味分かったしね」
「名前…?」
「そっ。燐ってさ、青白い炎のこと意味するじゃん?あの炎見て納得したよ。…綺麗な名前つけてくれたんだね、奥村のお母さんは」
もとは鬼火や人魂の青白い炎を指す漢字だった"燐"は、その後化学が日本に入ってきたときに窒素族元素phosphorusの和訳となった。動物の骨などに多く含まれる元素で、青く燃える。
そんな不気味なものでもなければ、サタンが出すのであろう禍々しいものでもなかっのだ、燐が出した炎は。それは、燐自身によるもののはず。
そう考えると、燐の母親は綺麗な名前にサタンの象徴たる炎を昇華させたものだ。
それを伝えると、燐は一瞬泣きそうな表情をしてから、「サンキュ」と笑った。