転機と決意−4
雪男の拳銃による空砲を合図に、全員一斉に走り出す。
最初はライトをつけていたが、黄龍に森の中には血を吸う蛾の悪魔、虫豸(チューチ)がいると聞いて明かりを消していた。お陰で集られることもなく、スムーズに走れる。
『…またか』
「えっ、なにが?」
すると、その黄龍が固い口調で言った。聞き返すと、衝撃的な言葉。
『地の王と時の王がおる。あのときと同じだ』
「…まぁ、同じ条件だもんね…はぁ、今回はさすがに戦いたくないなぁ」
『当たり前だ。だが、どうするつもりだ?』
「直接聞くよ。場所は?」
『豪胆なことをするわりに外国は躊躇うのか』
「うるさいな!」
内心の葛藤が筒抜けになってしまう黄龍は、朝祇のことなどお見通しだ。こんなときにまで指摘されてしまった。
『月の方角だ』
「了解」
朝祇は立ち止まり、印章紙を取りだし血をつける。
「黄土が瑞獣、毛蟲が長、冀うを聞くは其の礼徳の大なる故ならずや」
そうして光とともに現れたのは黄褐色の麒麟。月明かりに照らされて美しい毛並みが輝く。
「乗せてもらってもいい?」
麒麟は足を折って屈むことで応えた。礼を言いながら背中に飛び乗り、首もとに捕まる。乗馬の経験などないし、何なら麒麟の胴体は鹿だが、何とかなるだろう。
指示を出せば、一気に麒麟は夜空に舞い上がった。急速に遠退く森林に気まで遠退きそうだったが、夜風に叱咤させ前をしかと見つめる。そこには、月影に照らされて、宙に浮かぶ椅子に腰掛けるメフィストの姿があった。アマイモンは近くにいない。
一瞬にして近づき、メフィストの前に静止すると、わざとらしく「おや、」と目を見開く。
「見つかってしまいましたね」
「何を企んでるんです?」
「今にわかりますよ」
飄々としたメフィストは、どうやらあまり言いたくないらしい。だが、こちらとて祓魔師になるための勉強をしているのだ、あまりに私的な利用をされるのは困る。
「あまりカリキュラムを邪魔されるのは困るんですけど」
「ほう、思っていたのとは違うところから来ましたね。まぁ、確かにおっしゃる通りです。今回は私が指定したタイミングにしろと言ってあります。もちろん、そのタイミングとは皆さんが合宿の目標を達成した後です」
言ってある、という言い方からして、やはりアマイモンをけしかけるつもりだ。ただでさえ留学のことを決めなければならないというのに、これ以上考え事を増やさないでもらいたい。
「…この森で青い炎を使えばすぐ分かります。塾生にバレますよ」
「いずれこの夏にはバレていたことです」
「……あなたが承知の上でやっていることならもう何も言いません。俺は変わらないので」
「君というイレギュラーは本当に興味深いですね」
「…それではまた」
「留学の件、楽しみにしています」
最後の言葉には一瞥だけ返し、朝祇は麒麟を動かす。無駄話は終わりだ。メフィストがああ言った以上、早めに提灯を見つけ出して終わらせたい。
ついでに空から探そうと森に目を下ろすと、携帯が鳴った。取り出すと、子猫丸からのメール。
提灯を見つけたが協力が必要とのことだった。
「結局そうなるのか…まずは合流しよう」
やはり奪い合いではなかったということだ。麒麟の背にのって回っていると、程なくして巨大な提灯と勝呂たちが見えた。
そちらへ急降下していき、勝呂たちの背後に降り立った。
「おっ、ちょうどええところに来たな。一ノ瀬は神木さんや宝の連絡先知っとるか?」
「知らないなぁ」
麒麟を帰し、廉造、勝呂、子猫丸、燐、しえみたちのところへ歩く。1.5メートル四方くらいの大きな提灯が台座に鎮座し、リアカーがその前に置かれている。
「化燈籠(ペグ・ランタン)か…?」
「せや。これ運ぶには助けあわなあかん」
化燈籠とは、火をつけると動き出して人、特に好物の女性を食らう悪魔だ。朝になるか燃料が切れると自然と火が消えて動かなくなる。
「あれ、勝呂、助け合いはなしって言ってなかった?」
そういえば勝呂が真っ先にそう言ったはずだ。朝祇が首を傾げると「やかまし」と怒られた。
「っちゅうか、お前こそ助け合わんでも一人で運べるやろ、させへんで」
さらに、勝呂はそう言って数珠を鳴らす。確かに、麒麟や黄龍の力を使えばすぐだろう。だが、さすがにここでそんなことをするつもりはなかった。
「前回もそうだったけど、祓魔師は協調性が大事なんだから、そんなことしないっての。…てか、俺だってみんなと協力したいし」
「っ、お、おん…」
自分だけ一人で運ぶなんていうのは寂しくないだろうか。そう思って、あえて協調することを選ぶ。勝呂は顔を背けて頷き、廉造は「かわええ〜」と笑う。なんでだ、と首を傾げたところに、子猫丸の冷静な声が落ちた。
「とりあえず、この6人でのフォーメーションを考えました」