いざ米国−6
翌日、朝祇とライトニングはアリゾナ州の北、ワイオミング州に来ていた。目的は、もちろんイエローストーン国立公園である。
昨晩、いたずらされた上に逆上せてしまったことで朝祇はさすがに怒り心頭に達し、ライトニングが「お詫びにどこでも連れてくから!鍵使ってね!だから警察にだけは…!」と平謝りした。
そこで朝祇はイエローストーン国立公園に行きたいと申し出て、ワイオミング州バッファロー出張所から車を出してもらってここへやって来た。
…というのが、朝祇の表面上のシナリオである。
とはいっても怒りはもちろんあるので、演技というほどの演技はしていない。普通に怒った。
しかし、イエローストーンにはもともと来るつもりだったため、むしろ昨日のことは好都合だった。廉造以外に触られたのは不愉快でしかなかったが、その廉造のためでもある。
「あんま離れないでね〜」
「俺怒ってるんですからね!」
ずかずか歩く朝祇に対して、離れたところからライトニングが言うが怒ってるアピールをする。同時にスマホを揺らせば通報アピールもばっちりである。
押し黙ったライトニングを放っておいて、朝祇はライトニングから離れた場所で死角に入り、座り込む。スマホを右手で構えて低いアングルで写真を撮るフリをしながら、左手の人差し指と中指を揃えて地面につける。
(黄龍、頼んだ)
『任せろ』
一瞬、指をつけた地面に直径30センチほどの五芒星が浮かぶが、すぐに消えた。これで大丈夫だ。
黄龍の一部が、朝祇を介してこのイエローストーン国立公園に憑依した。この小規模さなら気付くことはできない。
イエローストーン国立公園。それは、世界最大級の活火山。もし破局噴火が起きれば、アメリカの西側半分の人口の90%が死亡し国立公園は蒸発。ワイオミング州やモンタナ州など周辺の州は全滅する。
火山灰はアメリカからヨーロッパを覆い、さらに北半球全体を覆う。地球の平均気温は10度下がり、世界的な日照不足と大寒波が発生、総人口70億のうち69億が飢餓に晒される。
アメリカは人の住むには厳しい環境となり、ニューヨークなどの東海岸も都市機能を喪失。ヨーロッパ、中国、ロシア、日本、あらゆる国々が経済活動を崩壊させ、特に日本は国民の大部分が餓死する。
その破局噴火の引き金が、今の黄龍の憑依である。恐らくそれほどの噴火はもう50万年ほどしないと起こらないのだが、黄龍によってすぐにでも実現可能となった。しかも、朝祇が望めば1秒で。
(これは俺にとっての最大の切り札だ。まともな文明的生活を失って、母さんや勝呂たちも傷付ける諸刃の剣だから使いたくないけど…)
『ならばやらなくても良かっただろう』
(…俺と廉造が不当に殺されるとき。50億人と人類文明を道連れにするだけさ)
***
そのあとは普通に観光し、朝祇はライトニングとフェニックスに戻った。ほの暗いことをしてしまったが、本当に最悪のときを考えてのことで、一番頑張らねばならないのはそんな未来を回避することだ。
とりあえず、今回の留学の目的もそろそろ果たさなければならない。
「さて。黄龍はまぁいいとして、問題は麒麟の使役だね。じゃあ、麒麟の正しい知識からいこうか」
ライトニングと朝祇は、市街地から離れた灼熱の砂漠に立っていた。ライトニングが張った結界によって、1キロほど離れた国道からも何が起こったとしても見えない。
広大なこのアメリカの大地で、存分に力を使うことができる。
「麒麟といっても種類は様々だ。そもそも、正十字騎士團の定義だって便宜上のものだから実態は確かでない。とりあえず分かっているのは、麒麟は恐らくすべての王の眷属に属し、あらゆる性質のものに憑依すること」
例えば、色ちがいの一角鹿の姿で現れ、土、金属、水、火、木の性質を持つのが東アジアの麒麟である。黄色の麒麟の他、白い索冥、黒い角端、赤い炎駒、青い聳弧だ。
麒麟と索冥、聳弧が地の王の眷属で、角端は水の王、炎駒は火の王の眷属である。
氣の王の麒麟がライトニングが召喚できるというフールフールで、こちらは西洋の悪魔だ。まだ確認されていないが、光の王の眷属の麒麟や腐の王の眷属の麒麟もいるだろうと考えられている。
「本来、これらの麒麟と総称される悪魔は超上級。長い詠唱と複雑な儀式が必要なんだけど、ぼかぁオリジナルの略式詠唱で呼び出せる。だから詠唱・召喚儀式の達人(ライトニング)って呼ばれてるわけなんだけど…」
「…?なんですか?」
「…一回、出してみて」
「あっ、はい。…黄土が瑞獣、毛蟲が長、冀うを聞くは其の礼徳の大なる故ならずや」
印章紙に血をつけ唱えれば、いつものように麒麟が飛び出す。ライトニングは「ほへぇ」と変な声を出して感心した。
「うんうん、もうそれ略式だね」
「えっ、そうだったんですか!?」
「ぼかぁ、厳霊よ、四大を統べし主よ、以下省略ってやったらフールフールが来てくれるよ」
「格が違う…」
「君も大概、普通の手騎士とは別格だけどね〜」
そんなにすごいやつだったのか、と麒麟を見て感慨を感じる。というか、やたら荒い使い方をしてしまった。一回乗ってしまったこともある。