京都不浄王編/前編−4
竦み上がるような大声で怒鳴るのはシュラだ。シュラは候補生たちを立たせると、隣の5号車に連行する。誰も乗っていないのは、たまたまだろうか。
そして、候補生たちは通路に正座で座らされ、膝にバリヨンを乗せられた。
「みんなで力合わせてっつたろーが!京都までここで頭冷やしてろ!!いいか…?起こすなよ!!!」
悪魔のような眼光で睨み付け、息も荒くシュラは4号車へ戻っていった。
一瞬、車内には走行音だけが響く。
「何やろこれ、デジャビュ…?前も確か坊と出雲ちゃん喧嘩しはって…いや、ほんま、進歩ないわ」
「チッ…」
「うるさいわね!」
廉造が言うように、以前の旧男子寮での合宿中にあったことを思い出す。同じようにバリヨンの刑を食らっているとこらに、グールの襲撃を受け、それが候補生認定試験だった。
「そ、そんなことより…先生はなんで奥村君置いて行かはったん?もしも何かあったら、危ないやんか!!」
すると子猫丸は怯えたようにそう言った。確かに燐はシュラと雪男を中心とした祓魔師による監視が義務付けられている。
意外にも廉造が「子猫さん…」とたしなめるようなニュアンスで呼んだ。
しかしその次の瞬間、突如として子猫丸のバリヨンが不気味な声を上げて飛び上がった。天井近くまで上がったバリヨンは、子猫丸の近くにいたしえみに向かって落下、その背中に乗っかってしえみはうつ伏せに倒れ混んだ。
「きゃっ!」
「しえみ!!」
稀に、バリヨンの中に古くから生きる強力なものが存在する。それが紛れ込んでいたのだ。このままでは、人体が耐えられる重さを越えてしえみを押し潰してしまう。
「志摩、そっち持て!」
「はい!」
勝呂はすぐに駆け寄り、廉造と2人で持ち上げようとしたが、バリヨンは持ち上がらない。
そこで廉造は錫杖を組み立ててバリヨンに突き立てるが、金属のぶつかる甲高い音を立てるだけで割れることはなかった。
「かった!だめや、どないしよ…」
「俺に任せろ!」
そこに、燐が勝呂を押し退けてしえみに寄る。まずはその怪力で持ち上げようとしたが、引っ張るほどバリヨンは重さを増してしまう。
すると、燐はなんと炎を噴き出した。青い炎が新幹線の車内に立ち上がる異様な光景。
子猫丸は悲鳴混じりに「杜山さん!」と叫んだ。
「やめろ!!」
勝呂も怒鳴りながら燐の肩を掴む。それに驚いて燐は炎を消し、バリヨンはすぐに恐れをなし、飛び上がってしえみから離れた。体を起こしたしえみはどこも火傷していない。
しかし、座席に炎が燃え移ってしまった。
「保食神よ成出給え!」
そこで出雲は白狐を呼び出した。青い炎は聖水で消すことから、白狐の神酒に頼ることにしたようだ。
「荒稲を持清まわり、和稲を持斎わりて、造る神酒八盛て、八平手の音平らけく安らけく、神は聞きませ天の大御酒!!」
詠唱しながら出雲が平手を八度打つ。その間に白狐は高速で旋回し、猪口状になるとそこから御酒が流れ出した。
御酒によって炎は無事に鎮火し、黒こげの座席だけが残る。
再び車内には沈黙と走行音が響いた。
「…何邪魔してんだよ!俺はうまくやれた!!」
突然、燐は勝呂の胸ぐらを掴み怒鳴り付ける。勝呂が中断しなければ座席を燃やさずにできたということだろうか。
「…何がうまくや…!」
「俺を信じてくれよ!」
「……16年前、ウチの寺の門徒がその炎で死んだ。その青い炎は人を殺せるんや!俺のじいさんも、志摩のじいさんも一番上の兄貴も、子猫丸のお父も」
燐はそれを初めて知ったのか、驚いて言葉に詰まる。廉造も子猫丸も目線を下げた。
「寺の門徒は俺にとって家族と同じ…家族がえらい目おうて、どないして信用せぇ言うんや!!」
「……それは、大変だったよな…でも、だったら何だ…!それは俺とは関係ねぇ!!!」
どちらの言うことも分かる。だが、客観的に見ればやはり燐の方が正しい。法的にも親と子は別個の人間であり、親の責任が子に降りることはない。
勝呂も燐の言うことには思い当たることがあったらしい。
「…そうやったな……お前はサタンを倒すんやったよな…!?」
「そうだ…だから、一緒にすんな…!」
燐は感情が昂っているのか、頭や肩からゆらりと炎をちらつかせる。それに、ついに子猫丸が駆け寄った。
「やめて!坊から離れて!!坊も、僕らを家族言うてくれはるなら…勝手はやめてください!」
手を震わせながら、燐を勝呂から遠ざけようと割って入る。その必死な様に、2人は一気にグールダウンしたようだ。
そこへ突然、隠れていたバリヨンが荷物棚から勝呂の頭目掛けて落下してきた。 勝呂自身背が高いこともあり、距離が近く咄嗟に反応できない。
まずい、と体の中が冷えるような感覚がした直後、鋭い剣がバリヨンを粉々にした。
座席の上に鮮やかに着地したのは、シュラ。
「お前らこんなザコ相手に何やってんだ!本番でもそうやって互いの足引っ張り合う気か?…死ぬぞ!!」
三度、車内には走行音だけが痛いくらいに響いた。