眩い強さ−5


日曜日。
もう真夜中だというのに、千秋は西正十字駅のホームで椅子に座り、ぼう、と暗く人気のないホームを眺めていた。

捻挫した右の足首はじんじんと痛んでいる。

この日、予定通り品川区の高校で合同練習を行ったのだが、終わり際のどさくさ紛れに千秋の捻挫をした足を思い切り踏みつけられたのだ。
久しぶりに顔を出したからだろう、鬱憤の溜まった上級生たちが、代わる代わる足を踏みつけてきたのである。あまりの痛みに、コーチが手当てをしてくれたのだが、本当のことを言うことはできなかった。

どうしても、その一歩が踏み出せなかった。ひと言言ってしまえばいいだけなのに、そのあとに待っている様々な人間関係のゴタゴタを考えるとできなかったのだ。
ひたすらに怖かった。今以上の敵意を向けられるのも、人の感情に足を踏み入れるのも。

しかし、耐えるだけ耐えても終わることなく、むしろ悪化していく状況を、今日は思い知らされる結果となった。それを直視したら、ふと、何の気力も湧かなくなってしまったのだ。
もう、いいや。そんな言葉が胸のうちを支配する。

帰りたくなくて、つい正十字学園駅の手前で降りてしまった。そのままベンチで過ごすうち、ついに時刻は23時を迎えた。


『間もなく、2番線に、京急空港線直通、普通、城南環状新線外回り、京浜島、羽田空港方面行きが参ります。この電車は、本日の最終電車となります』


アナウンスが告げる通り、ホームに入ってきた電車は終電らしい。それなりに混み合う電車からいくらか人が降りると、電車は去っていった。これで、電車で学園に帰ることはできない。
歩いて帰ることはできるのだが、学園町に入る橋の検問で深夜徘徊として注意を食らうだろう。

面倒だな、と思う。ホームに人はいなくなり、反対側のホームは明かりが消える。駅員に声をかけられたら出ようと、特に動かずにいた。
真夜中のホームは静まりかえり、たまに終電が終わったことを知らせるメロディーが流れるくらいだ。


と、そのときだった。

何のアナウンスもなかったのに、電車が近づく音が聞こえてくる。終電は終わったはずなのにだ。
しかし音は大きくなり、やがてホームには列車が進入してきた。何だか古めかしい上に、4車両しかない。だいたい遅くてもこの路線は6両以上、普通は10両で走る。

レトロな見かけの電車は、扉をガタガタ言わせながら開く。そもそも捻挫しているのに徒歩など無謀どころか不可能だと気付いた千秋は、まぁあるならいいか、と電車に乗り込んだ。

直後に扉は閉まり、動き出す。乗ったのは2両目だ。中はやはりレトロで、数人の乗客がシートに座って寝ていた。適当に座ると、眠気が押し寄せる。
どうせすぐだ、アナウンスがあるまで目を閉じよう、と瞼を重さに従って閉じる。心地よい微睡みが襲ってきた。心なしか体がだるい気もした。




それから少しして、突然自分を呼ぶ声と肩を揺すられる感覚に目が覚めた。


「千秋!おい千秋!」


ゆっくり目を開けると、ほっとしたような燐と目が合う。


「……え、なんで、燐が……」

「お前こそなんで幽霊列車(ファントムトレイン)なんかに!」

「ファン……え?」


燐の言ったことが分からず怪訝になるが、燐は慌てて「それどころじゃねえ!」と辺りを見渡す。
はっきりとした視界でつられて車内を見てみると、愕然とした。


「は……なんだ、これ……」


普通に寝ていたはずの数人の乗客たちは、皆、白骨化した遺体と化していたのだ。服は薄汚れ、体は骨とギリギリ皮が残る部分があるくらいで、頭蓋骨からは髪の毛が乱雑に垂れている。
あまりにおぞましい姿に、言葉を失った。しかも、その合間を漂う半透明のものは人だ。まさに典型的な幽霊の姿をしている。


「り、燐…っ、なんだこれ…!?」

「その話はあとだ!ちょっとここで待ってろ!」


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