夏ノ日ヲ想フ−4
困ったなぁ、と千秋はぼんやり考えた。
1923年の3月。冬も終わり、春の空気が包む帝都の中心、銀座の喫茶店で柔造と2人で道行く人々を眺める。銀座通りは白塗りのルネサンス洋式の建物や煉瓦の建物が立ち並び、それぞれの建物の煙突や尖塔が春の空に聳え立つ。通りの真ん中にはひっきりなしに赤電車が走り、その両側を馬車や人力車、自動車が通る。最近はかなり自動車も安くなったが、まだ半分は馬か人が曳いていた。
人々は女性は大体着物を着ていて、たまに洋服を着ている。男性はスーツスタイルにハットが多いが、着物や袴も少なくない。
建物の壁面や窓枠の装飾が激しいだけでなく、赤電車や建物用の電線が空を覆い、全体的にごちゃごちゃと煩い光景だ。
千秋は着物に外套を重ねており、至って普通の服装だ。一方で柔造は詰め襟の黒い学生服に将校マントと帽子というバンカラだが、さすがに下駄ではなく革靴を履いていた。嫌みなくらいバンカラスタイルが似合っていて、道行く華やかな女性たちが色めき立っていた。
さて、何が困っているのかというと、そんな柔造が女性たちではなく千秋のことだけを見て、考えていてくれていることに喜びを感じてしまっていることだった。
昨年の春に出会ってから一年、四六時中一緒にいる柔造との距離は今まででは考えられないほどに縮まっていて、一緒にいることは当たり前になっていた。
心地よい沈黙を共有する今などはまさにその例だ。
今日は浅草六区で劇を見て、ついでに今まで行けていなかった凌雲閣、通称浅草十二階で外国の品物を吟味し、赤電車で銀座まで来て喫茶店に入って劇の感想やら何やらを話した。
一頻り話すと沈黙が降り、それぞれ思い思いに過ごしている。
こんな時間を過ごせるほどに仲良くなってしまったことは、完全に想定外だった。なぜなら、千秋は柔造に対する重大な秘密、つまり祓魔師であることをまだ明かしていないからだ。
仲良くなればなるほど、祓魔師であることを明かして嫌われてしまうことが怖かった。未だバレてはいないものの、柔造は成績もよく卒業前に祓魔師になれるだろう。
柔造は明陀宗の者であり、その上で正十字中學校に通っているということは、いわゆる密偵というやつであるはずだ。警戒されているのである。それもあって、余計に立場を明かすことが憚られた。
もうすでに、柔造は今まで希薄な交遊関係しかなかった千秋にとって最も大きな存在となっており、離れがたい気持ちが強くなるばかりだったのだ。
「千秋、夕飯どうするん?」
「あぁ、魚河岸で何か買って行こうかな。柔造も食ってく?」
「おん、頼むわ。せやったら、日本橋まで歩いて、そっから東京駅で電車やな」
「じゃあもう行こうか」
もう名前で呼び合うような仲にまでなってしまっていて、改めてどうしようもないなぁ、と自嘲にも似た感慨を抱くのだった。
***
そのときは意外に遅く訪れた。
1923年8月の終わり。お盆を過ぎ、仕事が始まった頃だった。
急遽、詠唱術の授業の講師を頼まれてしまったのである。千秋は詠唱騎士の資格を持っていたのだが、現在の正十字中學校では詠唱騎士の日本人は千秋を含め2人しかいない。そのうちのひとりが祓魔塾で講師をしていたのだが、1910年より大日本帝國領となっていた朝鮮の漢城で新たに開設された、正十字騎士團日本支部漢城出張所に派遣されることが決まったため、朝鮮へ行ってしまった。
かなりの授業が英語かドイツ語で行われるのに対し、詠唱術だけは経典の難しさから日本語が用いられることになっていて、千秋以外の外国人祓魔師たちによる選択肢はなかったのである。
しかも、決定したその日に伝達、即授業。もっと準備させてくれればいいのにと思わずにはいられない。
そうすれば、せめて事前に話せたのだ。
「…千秋……?なんで、」
「……ごめんな、柔造」
そうすれば、教卓と机という距離で、他の塾生もいるところで、このことを伝えずに済んだのだ。
「正十字騎士團日本支部、中二級祓魔師の二宮千秋です。よろしく」
呆然とした柔造の顔が、目に焼き付いた。