夏ノ日ヲ想フ−6
揺れが完全に収まると、周囲の建物から飛び出してきた人々が加わって人混みとなっていた公園もざわつき始めた。怪我がないか確認する声、助けを呼ぶ叫び、痛みに苦しむ呻き、悲鳴、怒声。先程の平和的なものから一転、辺りは混沌と混乱による恐慌状態となっていた。
呆けたようにベンチに座っていた柔造も慌てて立ち上がり歩き始める。
まずは浜松町に戻らなければ。戻って、そして。そして?
数歩歩いて立ち止まる。いったい、戻ってどうしようというのか。教科書と本だけは回収したいが、どうにかならないことでもない。それよりも、あの寄宿舎が残っているのかも分からない。それならいっそ諦めて、さっさと京へ戻る方が良いのではないか。日本海側に出ればすぐだ。
しかし、頭に浮かぶのは、ただひとり。
千秋のことだけが心配だった。
(せやけど、あいつはもう関係あらへんし、別に…祓魔師やったこと隠してたようなやつ……)
だから、心配などする理由がない。必要ない。そう思おうとしたが、もはや無理だった。
「…助けたい思うんに、理由なんざいるかボケ。生きとれよ…!!」
仕方ないだろう、大事なものは大事なのだ。柔造は走りだし、蠢く群衆の中を掻き分けた。
浅草寺を出て、丸の内へ続く赤電車の通る大きな道に出る。赤電車は立ち往生し、電線が電柱ごと垂れ下がる。両側の建物は、木造家屋は無事なものが多いが、洋風建築は傾いたり一階が潰れたりしているものが多かった。
そして、道は人でごった返していた。家財道具を持っている者もそうでない者も、それぞれの方向に行こうと押し合い大きな流れとなっていた。
「痛いっ、押さないで!」
「邪魔でぇこの野郎っ!!」
ガタイのいい柔造はそれを掻き分けるのには有利で、そんな罵声を聞きながらも必死で東京駅を目指した。
東京駅に出れば、鉄道の線路を伝ってまっすぐ浜松町まで歩ける。逸る気持ちをそのままに、柔造は人を押し退けて進み続けた。
***
16時頃、ようやく柔造は浜松町駅にたどり着いた。背後の神保町や神田、浅草、本所、深川の辺りは激しい炎に包まれ、空に何度も巨大な火炎の柱が立ち上った。
土手によって一段高いところを走る鉄道線路からは、浜松町の街並みも一望できる。線路の西側に広がっていた木造家屋の並びは、ところどころ壊れていながらもほとんどがあまり変わらずに残っていた。
一方で、線路の東側、東海道線と運河に挟まれた金杉新浜町は、工場が一部倒壊していた。そして、その一画にあった正十字中學校も、鐘楼が完全に倒壊してメインの校舎も全壊し煉瓦の山になっていた。学校があったらと思うと背筋が冷える。しかし、千秋はもしかしたらあそこにいるかもしれないのだ。
「あっちにはおらんどってくれよ…!」
まず柔造は、浜松町3丁目の寄宿舎に向かった。地震発生からすでに四時間、普通なら自宅や避難所にいるはずだ。
駅を出て第一京浜に繋がる道を走ると、大きな寄宿舎が一階を押し潰して傾いているのが見えた。二階にあった2人の部屋は、どちらも一応残ってはいる。
近くに管理人の初老の男が椅子に座っていたため、そちらへ向かう。
「どうも、志摩です」
「おお志摩君、無事だったか!!」
「お陰さまで…あの、千秋は戻りました?」
「いや、それがまだ見てないんだ。まだ職場なんだろうか…」
「分かりました、ありがとうございます」
今度は正十字中學校に向かって走り始める。最悪の可能性が頭を過ったが振り払い、無心で金杉新浜町へ急いだ。