2進数のアイ−2


戦前は大型ショッピングモールがあった立飛には、今はビル群が立ち並び、その一角にこの国の心臓とも呼べる機械をしまっておくための箱があった。
20階建ての高層ビルはSAIASセンターというOSMが運営するもので、テナントやSAIAS資料館などの施設も入っている。しかしこのビルは本当にただの箱であり、SAIAS本体はこのビルの地下400メートル地点にある。SAIASに関する管理施設もすべて地下にあり、たとえ核弾頭が直撃しても損傷しないと言われている。

セキュリティも万全で、柔造は慣れたように職員専用のエレベーターを起動させて地下へと降り、5つの生体認証ゲートを抜けて、さらに5つのパスコードゲートを抜けて、ようやくSAIASへと辿り着いた。

広大な部屋の壁一面のコントロールパネルやモニター、その前を忙しそうに歩き回る人々。本体のスパコンは目に見えていても意味がないため、このコントロールルームからは見えない。結局はこんなものなのだ。
まず挨拶をしてから部屋の奥へと進むと、ガラスの自動ドアを抜けて室長室に入る。
学校の教室ほどの部屋の奥にはデスクがあり、そこにスーツの2人の男がいた。デスクに座っているのが室長で、隣で立って談笑していたのが上司だ。


「失礼します」

「おお、志摩君、休みに悪いね」


上司はにこやかに笑いながらこちらに寄ってきた。初老の笑い皺が印象的な男だ。


「さっそくだが場所を変えよう。それでは室長、また」

「あぁ、また。…志摩君、君には期待しているよ」

「はぁ…ありがとうございます」


室長はOSMのコントロールルームのトップであり、上司と柔造は三葉電機の研究員、所属は異なる。なのになぜ期待などされているのだろうか。
疑問に思いながらも部屋を後にした。



そうして上司に連れてこられたのは、柔造には開室権限のないさらに下層の部屋。いったいなんだというのか、柔造が聞いてみても上司は煮えきらない返事をするだけだった。
SAIAS Plan-7という扉のプレートには見覚えはない。


「この先は、特定秘密保護法の適用外だ」

「…適用外、ですか?」


このSAIASに関わるものはすべて特定秘密保護法で守秘義務が課せられている。なのに、最奥の秘密だらけそうな場所で適用外とはどういうことか。


「そうだ。つまり、法の裁きを受けずに処理されるということだ」


その言葉に息を飲む。何か仕出かせば、問答無用で極刑となる。裁判にもかけられずにだ。法治国家にあるまじきことだが、もう今さらなのだろう。


「…もう、遅いんですね」

「すまないね」


まったくそう思っていないのだろう。もうこの部屋の存在を知ってしまっただけで、柔造は今までに戻れない。ただ、ここで昇進していくことしか考えていない柔造としてはどうでもいい話だ。不利益になるようなことなど、最初からするつもりはない。

上司は生体認証でアンロックすると、柔造を連れて部屋に入っていく。自動的に明かりがつくと、20畳ほどの部屋の真中にベッドがあるのが見えた。周りには様々な機材が置かれており、まるで病院の集中治療室だ。
そしてそのベッドには、一人の少年が横たわっていた。青年と呼んでもいいかもしれない。だいたい18歳前後だろう。綺麗な顔立ちだったが、一瞬人形のようにも感じられた。


「この子ぉはいったい…」

「プランセブンと呼んでいる被験体だ。先週まで植物状態で病院にいた」

「……まさか、」


それだけで、柔造はなんとなく察しがついてしまった。上司はにやり、と笑みを深める。


「さすがだな。このプランセブンの脳は、外的損傷はなかったんだが、SAIASと連動するためのミクロICチップを埋め込んである。すでに起動実験には成功している」

「…、人体実験は、国際法でもAI法でも禁じられてます」

「言い忘れていたね、ここで適用外なのは特定秘密保護法だけではないよ」


ここは独立行政法人OSMの管轄といえど国の施設。そこで合法的に行われる超法規的実験。これが国家ぐるみなのは明らかだった。
柔造は一度冷静になる。まだ、情報が少ない。


「何の実験なんです?」

「脳死、つまり植物状態の人間の脳の蘇生だ。人工心臓、ペースメーカーの類は実用化されているだろう?あれと同じだ」

「起動に成功してはるいうことは、まだ足りない部分があるんですね?」

「まず、生前の記憶や人格はほとんど再現できなかった。SAIASがスキャンした脳から、ある程度生前に近い性格をデータから組み合わせてプログラミングしそれを再現させるので精一杯だ。そして最大の問題は…」


上司は手近なパソコンを起動して画面を呼び出す。ホログラムに現れたのは、柔造が提出したプログラムだ。


「愛、だよ」

「愛…?」


まさかこの上司からそんな言葉を聞くとは思えず怪訝にしてしまう。上司はそれに苦笑した。


「冗談ではないぞ?愛を知らない人格は人間味に欠ける。性格は学習型AIである以上実験を重ねれば問題はないが、愛ばかりはプログラミングしなければSAIASも再現できない。そこで君の出番だ」


上司は柔造の肩に手を置く。


「さすが、あの志摩博士の孫だ。君は天才だよ。あのプログラムは惚れ惚れとするようだった…だから君には、この実験で"愛"をプログラミングして欲しい」


prev next
back
表紙に戻る