2進数のアイ−3
まだ柔造が中学生のとき、ノーベル賞を取ったこともある天才学者だった祖父と似たような話をしたことがあった。今でも鮮明に思い出せる。
祖父は縁側で庭を見ながらうんうんと考え事をしていて、その横で柔造も話を聞いていたのだ。
「AIS…アイス…SAI…サイ…うーむ」
「何迷ってるん?」
「今研究しとる人工知能の名前や」
「へぇ。それアイって入ってなアカンの?」
「そらそうや、人工知能はAIとしか略せんのやさかい、省略形をアルファベット読みしてアイって入るんは当たり前や」
SAIASの開発をしていた大学の学者だった祖父は、縁側でSAIASのネーミングを迷っていた。人工知能を意味するAIは外せないらしく、読み方にアイを入れたかったのだそうだ。
「てか超人工知能やったらSAIやろ?」
「まぁ妥協してサイって読みでもええねん」
結果的にサイアスと読む形でSAIASが完成したわけだが、名前まで祖父が考えたようだ。
そんな開発に多大な貢献をした祖父に、柔造は聞いてみたことがあったのだ。
「なぁなぁ、AIって心持ったりするん?愛を知っとるとか!」
「智識としての習得は可能やろなぁ。せやけど、感情としての愛は難しいで」
「なんで?」
「愛は合理的なモンやないからや。コンピューターは、0と1の二進数ですべてを表現する究極の合理的存在、相性が悪いねん」
「非合理的っちゅーことなん?」
「本物の愛を知れば分かるで、若造」
がはは、と笑った祖父は、そのときはそれで話を終わりにした。
その翌年くらいに第三次世界大戦が勃発し、日本もミサイル攻撃によって被害を受けた。長男の矛造も、祖父とともに立川の施設で仕事をしていたところで国防軍基地へのミサイル攻撃の誤爆を受け亡くなった。助かった祖父がひどく自責の念に駆られて大変だったのを覚えている。
そういえば、あの頃祖父はなんと言っていただろうか。
***
柔造はそれから数ヶ月に渡って実験に明け暮れた。この日もプランセブンを起動し、少年が起き上がるのを見守る。
「あー…おはよー、柔造さん」
「おはようさん、サイアス」
なんとなく少年をプランセブンなどと呼ぶのが憚られて、まだマシなサイアスと呼んでいる。
「今日もいつもの?」
「せやで」
「全然終わんないじゃん、愛のプログラミング」
「しゃあないやろ、こんなん人類がまだ到達したことあらへん領域や」
「それにしても愛のプログラミングって…めっちゃ面白い…ぷくく、」
おかしそうに笑う少年は、本当に生きているようだ。いや、実際生きている。生物学的に、人体は生を営んでいるのだ。
しかし、その言動はすべてAIが行っている。データとして集計されてきた数億人分の日本人の性格から、もっとも 生前のものに近い性格を再構築してプログラミングし、そのプロトコルに従って体を動かし声帯を震わせている。
"生きている"とはいったいどういうことなのか、そんな倫理に触れることをしているのだと改めて感じた。
「また難しいこと考えてるでしょ」
「…よぉ分かったな」
「そりゃあAIだからね!」
少年は自身が人工知能だと認識している。ただプログラミングどうりの性格で言動を決定しているだけだ。それでも、細かい性格に基づく人体反応の調整や会話の進行については柔造の再プログラミングによって大幅に向上しており、柔造と少年の会話を聞いた上司は愕然としていた。
これまで同様の実験は6人で行われてきたが、いずれも普段のサイアスの域を出なかったらしい。7人目のこの少年にして、柔造の働きで初めてここまで来たらしい。
上司は成功も遠くないな、と言い残してそのときは去っていった。そんな上司に、少年は「俺のことただの機械だと思いやがって、日本中停電させるぞ!」と毒づいていた。本当にできてしまうのだ、柔造は慌てて止めた。